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「ユウキ君、明日誕生日なんだ」

「えっ?」


例の如く暇だからという理由で強引に押し掛けてきた阿賀松を部屋に上げたときのことだ。
突然の問い掛けに驚いて阿賀松の方を見れば、壁に掛かったカレンダーの前、佇む阿賀松に少し驚いた。
そして、なんだか急に恥ずかしさが込み上げてくる。


「あ……はい、すみません」

「なんで謝ってんだよ、変なやつ」

「いや、あの、だって自分の誕生日、カレンダーに書いてるなんておかしくないですか……?」

「俺に祝ってもらいたかったんだろ?」


本当は両親たちからの荷物が届くからチェックしておいたのだけれど、そう信じて疑わない阿賀松に「え、えっと……」と言葉に詰まってしまう俺。
どうやら阿賀松はそれを肯定と受け取ったようだ。


「んだよ、図星かよ」


……まあ、それでもいいか。
一々訂正するのもなんだか居た堪れないし。


「仕方ねえな、明日、夜空けとけよ」


そうですね、と相槌を返そうとしたときだ。
相変わらずの強引な命令に、今度こそ「えっ?」と俺は目を丸くした。


「あ、あの、先輩っ?」


まさか、本気で言っているのか。
阿賀松が自分のために動くなんて思ってもいなくて、確認取ろうとその背中に声を掛けるも、本人は要件だけ言い残してさっさと部屋を出ていってしまった。
一人取り残された部屋の中。
俺は、いなくなった扉を見つめたまま呟いた。

嬉しいけど、確かに嬉しいけど……。


「ど、どうしよう……」


▼ ▼ ▼


「ということで、俺にわざわざ会いに来てくれたのか」

「すみません……せっかく誘っていただいたのに……」


翌日、誕生日当日。
俺は芳川会長に会うために生徒会室を訪れていた。

一通りの事情を話し終えれば、芳川会長は依然と変わらない様子で首を横に振る。
そして、


「別に俺は構わないが、本当にいいのか?あいつと過ごすことにして」

「……え?」

「本当はただ怖いんじゃないのか。断ったらなにされるのかわからないのが。だから、嫌々あいつに従っている」


投げ掛けられるその言葉は、鋭いものだった。
今までの俺と阿賀松の関係を知っている会長だからこそ、心配してくれているのだろう。
痛いほどその気持ちはわかった。

だけど、


「せっかくの君の誕生日だ。それが本心ではないのなら俺はあいつから君を引き離したいところだが……」

「い、いえ、あの、本当、大丈夫です!」


つい、堪らず出てしまった大きな声に、自分でも驚いた。
驚いたように目を丸くする芳川会長。
恥ずかしくなったけど、それでもやっぱり、誤解されたままでいるのだけは、嫌だった。


「……それに、阿賀松先輩の方からああいう風に言ってもらったことなかったから……その、嬉しくて」


「会長には、すみません。本当、色々迷惑お掛けしたのに……」自分でも、どうしてこんなに阿賀松に惹かれるのか分からなかった。
でも、阿賀松が嬉しそうに笑ってくれると、褒めてくれると、それだけで胸が満たされたような気持ちになる。
自我を守るため、防衛本能が働いて恐怖心を恋心と錯覚させるというものがあるらしいが、常時恐怖心と隣り合わせに生きていた俺がそれを間違えるはずがない。
即ち。


「……君は……そうか。そこまであいつのことが好きなのか」

「……っ!」


苦虫を噛み潰したように低く唸る会長の指摘に、顔が熱くなる。


「す、すみ……ませ……」


それでも、否定はしなかった。
俺も、自分でも驚いている。
阿賀松を受け入れたいと思う日が来るなんて。
それでも、その気持ちに嘘偽りはなくて。

それ以上なにも言わない俺に、会長は諦めたように小さく息をつき、そして微笑んだ。


「まあいい。ほんの少し時間が短くなっただけだ。俺が君の誕生日を祝う気持ちは変わらないよ」

「ありがとうございます、会長」


やっぱり、会長に相談してよかった。
誰よりも俺のことを心配してくれた人。
そして、誰よりも迷惑を掛けてしまった人。
俺にとって会長は、阿賀松とは違う別の意味で掛け替えのない人になっていた。


▼ ▼ ▼


「ケーキ、ご馳走さまでしたっ」

「本当にあれで足りたのか?」

「はい、すごく美味しかったです」

「そうか、それならよかった」


許可を得て夜の街へと出てきた俺と芳川会長。
こうして会長とケーキ屋へ出掛けるのは二回目になるのだろうか。
一回目のときは阿賀松と出会って間もない頃になるか。
なんだか、酷く昔のことのように思えてしまう。

店を出て、学園へと戻るために大通りを歩いていると不意に会長の視線に気付いた。
目があって、柔らかく微笑む会長に恥ずかしくなって、慌てて俯く。
もしかして、変な顔になっていたのだろうか。
ここ最近、隙あらば阿賀松のことを考えて一人にやにやしてしまうことが多くなっていたため、今まさに人といるときにトリップしてしまいそうになっていた自分が恥ずかしくて、申し訳なくて。


「……歩き疲れただろう、少しそこで休憩しようか」


一人百面相をしていたとき。
不意に、芳川会長は引っ込んだ場所にある公園を指差した。
つられて「あ、はい」と応えてしまったが、そろそろ学園に戻らないと時間が……。

公園敷地内。
連れられるようにしてやってきたベンチの前、腰を掛けていると入り口の自販機から芳川会長が戻ってきた。


「あの、会長……」

「喉乾いただろう。コーヒーでよかったか?」

「あ、ありがとうございます……」


本当はコーヒーは苦くてまだ飲めないのだけれど、せっかくの誕生日だ。
これを機にコーヒーデビューも悪くないかもしれない。
暖かい缶を受け取った俺は、その熱を堪能するように全体を握り締めた。


「冷えただろう。それを飲んでよく暖まってくれ」

「はい……」


夜道で冷えた俺の体まで気遣ってくれるなんて。
流石会長だなぁ。
なんて、思いながら俺はご丁寧に開けられた飲み口に唇を寄せた。


「どうだ、旨いか」

「少し、苦いですけど……暖かいです」

「そうか。君にはまだミルクティとかの方がよかったかな」


いいながら、隣に腰を掛ける芳川会長。
すみません、と言いかけて思うように動かない唇に違和感を覚えた。
いや、動かないのは唇だけではない。


「……あ、れ……?」


握りしめていたはずの手の中から、缶コーヒーがすり抜けていく。
足元でぱしゃりとなにかが溢れるような音がして、辺りにコーヒーの匂いが広がって、それで。
全身から、力が抜け落ちる。
異常なくらいの眠気に襲われ、力なく倒れた体が会長の方に傾いた。


「まあ、たっぷり味わってくれ」


なにをしてるんだ、俺は。
早く、コーヒーを拾わなければ。
そう思うのに、指一本すら動かすのも億劫なほどの眠気に、次第に思考までも薄らいでゆく。


「……俺からのプレゼントだからな」


暗闇の中、囁きかけられたその声が静かに反響していくのを聞きながら俺は、阿賀松先輩が誕生日を祝ってくれた夢を見た。


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