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齋藤君には恨みはない。
恨みはないが、齋藤君の隣で阿賀松が幸せになるのだけは許せなかった。

齋藤君があの男に惹かれるのは間違いなく一時期の血の迷いだ。
でなければ、なぜ彼が俺よりもあいつを選ぶのかが理解できなかった。
血の迷いというのは恐ろしい。
俺がいくら言ったところで齋藤君の耳には届かないのだ。
それならば、俺が教えてやるだけだ。
あいつがどれだけろくでもないやつなのかを。





「……」


あいつが部屋に入ってきたとき、齋藤君に手を出すのかと思っていた。
怒り狂ったあいつは無理矢理部屋から引き摺り出して、押さえ付けて、そこで予め待機させていた教師たちが駆け付ける。
そう思っていたが、まずあいつが目を付けたのは俺だった。
しかしまあ、想定内だ。あの血盛んな男が見境なく暴力奮おうとする可能性を考えていないわけがない。
殴られること自体抵抗もない。
眼鏡が使い物にならなくなったのは気に入らないが、教師たちに取り押さえられるあいつの姿が滑稽なくらい間抜けだったので良しとする。
だけど。


「大丈夫か、齋藤く……」


怯えて震えてしまっているであろう齋藤君に、そう手を伸ばそうとした時。
俺の指を擦り抜け、齋藤君は部屋から連れて行かれた阿賀松の後を追い掛けた。


「待ってください、先輩は悪くないんです、全部、俺がっ」


遠くから聞こえる、齋藤君の悲痛な声に一瞬頭の中が真っ白になった。
空を掻いただけで終わった自分の手を見つめたまま、そのまま数秒。
込み上げてきたのは、理解し難いものへの不快感。
なぜ、齋藤君が阿賀松を追いかけるのか。阿賀松を庇うのか、分からなかった。
なによりも暴力を嫌う彼が、なぜ。
それよりも俺を心配すべきなのではないか。
これも全て、阿賀松のせいだというのか。


こちらを見ようともせず、ひたすら阿賀松を庇う齋藤君に、殴られた顔面がようやく痛んできた。
これが、失恋という感情なのだろうか。
失ったのが恋愛感情なのか未だ理解に苦しむが、それでも、この手がなにも掴めずにいる今、ただ胸に空いた虚しさに苛まれる。


「……これでもまだ、君はわからないのか」


理解不能恋愛感情
(こうすることでしか君を振り向かせる方法を知らない)
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