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別に特に意味なんてなかった。
あいつの誕生日なんて興味ねえし、だけど、ほんのちょっとだけ、驚いたあいつの顔が見てみたかっただけだ。
嬉しそうに笑うユウキ君の顔を。

自分でも柄にもねーことしてるっていう自覚はあるし、現在進行形でその違和感は拭えないどころか肥大化するばかりで。
でも、俺が空けとけよって言った時のユウキ君の顔、傑作だったな。
驚いたような、困ったような、複雑な顔。
あいつの困った顔は好きだ。
虐めて下さいみたいな顔してるから余計、困らせたくなるんだよな。

思い出しては、一人笑う。
誰かのためにプレゼントを用意するなんて何年ぶりだろうか。
ユウキ君が何が好きなのかなんて全くわからない。
一緒にいる時間は多いはずなのに、俺は何一つあいつのことを知らない。
それはあまり面白くなかったけど、わざわざ本人に聞いて確認するまでもない。
あんな単純そうなやつが好きなものなんて、ある程度考えれば分かることだ。
そう自分に言い聞かせてプレゼントを用意させ、夜、七時過ぎた頃。
とっくに授業も終わってる時間だ。
きっとあいつは部屋の中で正座して俺のことを待ってんじゃないだろうか。
ちゃんとおめかししてんだろうな。
でも、あのユウキ君のことだ、そこまで気が回るはずがない。
なら、服も用意させておくべきだろうか。
思いながら、携帯端末を手にし、ユウキ君に電話を掛ける。

…………出ない。

留守電に切り替わり、すぐに掛け直す。
だけど、何度も何度も掛けてもあいつは出ない。


「……あぁ……?」


おかしい。
いつものあいつなら3コール以内に電話に出るはずだ。
携帯をどっかに忘れたのか?ありそうだな。肝心な所で抜けているあいつのことだ。
ホント、仕方ねーな。
舌打ちして、留守電に切り替わる前に通話を終了させようとしたとき、繋がった。


「おい……」

『何度も何度もしつこいやつだな。何の用だ?』


おせえよ、と罵声の一つや二つ吹っかけようとした俺の思考は、受話器の向こうから聞こえてきたその声に停止する。
人を見下したような高圧的なその声は、聞き間違えるはずがない。


「芳川、てめえがなんであいつの携帯に出るんだよ……!」


携帯を握り締める手に力が籠もる。
端末を壁に叩きつけそうになるのは、寸でのところで留まった。

だけど、


『なんで、とは愚問だな。齋藤君が今手が離せない状況だからに決まっているだろう』

「はぁ?だから、なんでって聞いてん……」


だよ日本語理解できねえのかクソ眼鏡と続けようとしたとき、やつの背後から聞こえてきたシャワーの音に全身の毛が逆立つのを覚えた。
寒気にも似た、悪感。
頭を過った一抹の予感に、腹の奥底、燻っていたなにかが一気に溢れ出す。


「てめえ、今どこにいるんだよ」

『なんだ、迎えに来てくれるのか?それは助かった。――ならば、俺の部屋まで頼む』


その後のことはよく覚えていない。
気が付いたら目の前には液晶が真っ白にひび割れした端末が転がっていて、部屋を出た俺は四階のあいつの部屋まで来ていて。
その間自分がなにを考えてなにしていたのかわからなくて、気が付けば目の前にはあいつの部屋の扉が一つ。
中から聞こえてくる声を無視してドアノブを捻れば、ご丁寧に解錠してある扉はあっさり開いた。

何もない部屋。
いくつもの部屋を確認し、声がする扉の前までやってきた俺は躊躇いもなくそれを開けば、そこには大きなベッドが一つと、


「あ、阿賀松、せんぱ……」


ベッドの上、乱れた服を着直していたあいつは、俺の姿を見るなり面白いくらい青い顔して。
あいつの驚いた顔は好きだ。困った顔も、泣きそうな顔も。なのに、何一つ面白くもなくて。
そのベッドの傍ら、涼しい顔して立っていたやつは俺を見るなり眉一つ動かさずに「早かったな」と笑う。


「そんなに血相を変えてどうした。なにを焦って……」


そこで、あいつの言葉は途切れた。
俺が、殴ったせいで。
手がいてぇとか、そんなことどうでもよかった。
ただ、こいつの顔が変形するくらい殴らないと気が済まなくて。


「先輩っ、やめて下さい!」


うるせーんだよ、お前も。なに必死になってんだよ、意味わかんねえ。つかなんでお前そんな服乱れてるわけ、なあ?もしかして、あれか。俺は所謂お邪魔虫ってやつだったわけ。
だからこいつのことそんなに庇おうとしてんのかよ。


「先輩っ!」


無抵抗で殴られる芳川の口が、小さく動いた。
それが笑みだと気付いたとき、開きっぱなしの扉から複数の足音が聞こてきた。


「おい、何してるんだ!」

「やめろ!」


次の瞬間、背後から伸びてきた太い腕に取り押さえられる。
今度こそ青ざめたあいつは、困惑したような色を滲ませていた。
乱入してきた教師陣に、ひん曲がった眼鏡を外したあいつはやっぱり眉一つ動かさないで。


「ああ、俺のことは大丈夫ですので、彼を」


なるほどな。
全てあいつの罠だと理解できた。
理解した上で、拳を握り締めた俺はあいつの胸倉を掴み、もう一発食らわせようと振り被る。
だが、案の定すぐに数人の教師に力づくで引き離され、その顔面を殴りつけることは敵わなかった。


唯一制御不可能部位
(あいつを殺せるならバカでもいい)
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