天気は雲一つ無い青空。 時折ゆるく吹き抜ける風は、夏の厳しい猛暑を揺るがせることはない。 そんな今日この頃。 昼休みに「じゃあ心おきなく休ませていただきます」なんて殊勝をのたまう男子生徒なんていないわけで、それは今、日の照りつけるグランウンドで闘志をわき上がらせている二人、政宗と幸村において特に顕著に表れていた。 普通の、と呼ばれることを嫌う普通の男子生徒なら、空虚と苦痛の授業時間から束の間解放され、熱気の籠もった教室を開け放ち、いかにこの一瞬を面白可笑しく過ごすかに勉強よりも頭を使ったりやっぱり使わなかったりするはずなんだけど、と、二人から少し離れたコンクリの日陰へ座り込んだ佐助は諦観の眼差しで二人を眺めた。隣にはポニーテールを高く結い上げた自称愛の伝道師、慶次が、好奇心に顔を輝かせどっかと腰をおろしている。 「……だから、テメエは何にもわかってねえんだよ」 「……貴殿こそ、なぜわからぬのだ」 ぎりぎりとお互いを射殺すように睨み付けながら、幸村と政宗双方に低い声が交わされた。 普段からキレやすく喧嘩っ早い政宗だが、ここまで怒気をあらわにするのは珍しい。幸村については言わずもがな、熱くうるさいことはあれど、このような真剣に怒りを湛える姿など今の世ではあまり見ない。 二人の間で火花が散り、体から第六天魔王宜しく黒い後光でも見えそうな雰囲気だった。 「もう少し柔軟に考えてはいかがか。それでは片倉殿もさぞ大変でしょう」 「Ha、人のこと言えた口かよ。ちったあマシになったかと思ってたら、頭の固さは昔っから進歩してねえな」 「笑止。それを言えば貴殿の人の話を聞かないところはむしろ磨きがかかってきたのではござらんか?」 「テメエにそんなこと言われる日が来るとはなぁ、風邪でも引いたんじゃねえか」 「何とかは風邪を引かぬ、と申すが貴殿から風邪の心配をされるとは甚だ心外でござる」 「ああ悪かったな皆勤賞保持者。たしか子供は風邪引かないんだったか?」 「日々鍛錬の賜にござる。サボりと遅刻の常習犯などよりよほどマシでござろう」 「今生でも猿に依存しまくってるガキにんなこと言えんのか!」 「意見を押しつけることしか知らぬ貴殿の方が餓鬼でござろう!」 「一点突破で猪突猛進な野郎に言われたかねえよ!!」 「こちらこそ妙に格好付けたがる優男に言われたくないでござる!!」 だんだんと切り返しが熱を帯びてきた。あー騒ぎになんなきゃいいけどな、と佐助は傍観者を決め込む。傍観は最初からだけど。 「かかってこいよ口先だけの鶏野郎が!」 「軟弱な気障男になど負けはせぬ、覚悟せよ!」 「上等だこの童顔!」 「黙れ傲岸めが!」 「騒音発生器!」 「自意識過剰!」 「単純馬鹿!」 「性格死亡!」 「真田、幸村ァァアアアア!!!」 「伊達、政宗ぇぇええええ!!!」 政宗、幸村が同時に走り出した。拳を繰り出し、蹴りを叩き込み、あっと言う間に殴り合いへ発展した二人に、やれやれとため息をついた。隣で歓声を上げたり野次を飛ばす慶次を軽くこづいて(効果はないけれど)、ぼんやりと取っ組み合う二人を見る。……ちなみに、政宗と幸村の喧嘩のきっかけは、 「水道出ない真夏日に、長距離の体育のあと汁粉買ってくる奴があるかぁああ!!」 「奢ってもらいながら文句をつけるとは何事だぁあ!! 汁粉の何が悪い!?」 「全部だ馬鹿!! TPO全部間違ってんじゃねえか!!」 「だからどこが間違っておるのだ!!疲れたあとの甘味ほど素晴らしいものはなかろう!!」 「人間全員がお前とおんなじ感覚を持ってると思うなよ!!」 「貴様こそ礼をも言わぬ態度が一般に通じると思うな!!」 「汁粉じゃなかったら礼くらい幾らでもしてやったぜ馬鹿野郎!」 「甘酒は良くて汁粉は駄目だと申すか不逞者!!」 「やっぱアンタ死ねぇえええ!!!」 ぎゃいぎゃい騒ぐ政宗と幸村に、佐助はもう一度ため息をついて立ち上がった。自販で何か買ってきてやるよ、と慶次に言い残し、名残惜しいと感じながらも涼しい日陰をあとにした。 旦那には汁粉、俺様はお茶、慶次はジュース、伊達は……スポドリにでもしてやるか。 目算を付けながら、伊達にまでまともなチョイスをしてやる自分にわー俺様やさしーなんて呟いて空を見上げた。 暑い地上に乾くものを見下して、空は高く青い。光に目を眇めながら、佐助は思う。 ああ、今日も平和だなぁ、と。 幸村は優しい子で政宗は格好いい奴です。本当はきっと。 きっと政宗が今日水道ストップの日だって忘れてて財布も小十郎に取り上げられてるしマジかよ体育死ぬじゃんなんて思ってたら幸村が奢ってくれるっていうのであっこいつ良い奴じゃんきゅーんとしてた矢先の出来事です。きゅーんは死語ですか? |