すき! | ナノ




「佐助、好きだ」

くるりと隣を向くと、佐助はぽかんとした顔でこちらを見ていた。
もう一度はっきり「好きだ」と言ってやると、数秒の後にゆっくりと目を瞬いた。
「団子が?」
「お前が」
「………はぁ」
はぁとはまた気の抜けた返事だ、と思いながら、手に持った団子をかじった。
「………………えー」
咀嚼しながらのほほんと天気の良い空を見上げていると、暫くたってからとなりで小さく呟く声が耳に届いた。
振り向くと白い佐助の頬にほのかな赤が浮かんでいた。片手がその頬を隠すように掲げられている。
「どうした?」
「や、あんたさ、何突然」
「何がだ?」
「…熱でもあるんじゃないの?」
本気で心配そうな顔を向け、佐助が手を伸ばしてきた。除けながら、こいつは人のことを何だと思っているのだろうと考える。
「失礼な。俺がお前を好きだということを熱などで片付けるつもりか」
「そういうことじゃ、というかもうそれ言わなくていいから」
「…?」
それ、とは。
首を傾げて先を促せば、俺が言わんとしていることを察したのか、佐助は「ああもう」などと小さく呟いたあと、大きく息を吐き出した。
「…好きとか、あんたが滅多に言うもんじゃないから、それ」
ああそうか、それとは「好き」のことか。
合点したが、憮然とした感情が浮かんできた。それじゃあまるで、俺がお前に好きだと言ってはいけないようではないか。
「良いであろう。俺が言いたくて言っていることだ」
「そうじゃなくてさ」
「心も感情も、言わずと伝わることならば尚更、言えばより伝わるではないか」
「いや、理屈は分かるけど…」
「佐助、好きだ」
「……」
たったの一言を口にするだけで、口の立つはずの己の忍は口を噤む。
「どうした」
「…どうしたじゃないっての」
燃えるような鮮やかをがりがりと掻き、佐助は深く深くため息をつく。
今一つはっきりしない佐助の態度に焦れて、姿勢を正し、真っ直ぐと佐助に向き直った。
ちらりと視線だけを向けた佐助を目の前に捉え、きっぱりと言い放つ。
「好きだ」
「……」
「佐助、好きだ。低くて心地よい声も、冷たい指先も、俺を抱きしめる腕も、夕焼けのような髪も、濃緑の瞳も、俺の声を拾う耳も、頬にした隈取りも、傷だらけの躰も、全て、愛しい」
「……」
「仕方がなさそうに笑う表情も、抱きしめたときに感じる微かな匂いも、たまに見せる余裕のない顔も。触れる瞬間かすかに震える仕草も、俺を呼ぶ掠れた声も、決して俺に苦痛を見せようとしない矜持も、背を守ってくれる気配も、飄々とした調子も、俺を思っての諫言も、ふと垣間見せる忠義も、ずっとずっと変わらず俺の傍にいてくれる優しさも…好きで好きでたまらない」
「……」
「好きだ」
言葉にすればするほど曖昧になる「好き」の輪郭、伴う切なさ。
自分が知る言葉なんかでは足りなさすぎて、声を続けながら途方に暮れた。
この痛みをどうやって表せばいい。
「…好きだ」
「……」
「好きなんだ、佐助」
一寸も逃さず伝わればいいと思う。
「なぁ佐助、どうしようもないくらいお前が、」
好きだ、と紡ごうとした口を何かが塞ぐ。
驚いて開いた目に映るのは迷彩の布地。
回される腕、馴染んだ体温、そして口唇に触れる柔らかい感覚に自分が何をされているのかを理解する。
躊躇うように唇が離れて、抱きしめられたままため息を聞く。
「…おばかさん」
「何だと」
「黙って聞いてれば好きだのなんだのこっぱずかしい事いってくれちゃって」
「な、」
「朴念仁みたいなあんたから、脈絡もなく好きだなんて言われたら、誰だって動揺するでしょうが」
耳のすぐ傍で響く何よりも心休まる低音。
弱まる拘束、しかし密着した躰のまま、わずか背の高い佐助が覗き込むように視線を合わせた。
真摯な表情に、どきりと胸が鳴る。
深い瞳の色に映りこむ光の欠片へ目を奪われているうちに、佐助が耳朶に囁き入れた。
「…俺様だって、あんたのことが好きなんだよ」
言葉を理解する前に、また強く抱きすくめられた。
肩越しに青い青い空を見て、たった今言われた言葉を反芻する。
何度も何度も繰り返すうちに、徐々に上がってゆく体温を自覚した。遅れて訪れた恥ずかしさと照れくささをどうしたらいいのかわからなくて、とりあえず強く抱きしめてくる佐助の背へ手を回す。
「旦那、心音早い」
「…うるさい」
指摘が示すそれに、羞恥が湧き上がる。口調に含まれた余裕が悔しい。
「………意外と、」
「言われると恥ずかしい?」
「……」
ごまかすように口にした言葉さえも手のひらの上で転がされた。
それでも、ふふ、と零れた笑みの音にそろりと佐助の顔を伺い見る。
眉を下げて柔らかく笑う、佐助の表情。それを捉えた瞬間、その時まで感じていた気恥ずかしさを全て忘れてしまった。
ああ、俺は佐助が好きだ、と願いにも似た想いが浮かぶ。
「…佐助」
「ん?」
「好きだ」
「うん」
「好きだ!」
「知ってる」
「……好きなんだ」
不十分すぎる言葉を恨む。
背に回す腕で、縋るように痩躯を抱きしめた。
欠片もこの想いが伝わらないような気分がして、せめて欠片でもこのもどかしい思いが届くように願う。
躰を抱き返す腕の強さに、佐助もまた同じ事を思っているのだろうかと考えた。



身に余る愛しさを言葉にしたなら、それはなんという言葉になるのだろうか。





旦那がなに考えてるのかわからなくなってきたこのごろ