吐いた息は白く立ちのぼって光に溶ける。 すぅっと心を引き締めるような冷えた空気を吸い込めば、尾を引く眠気が消えていった。 かわりに冷たさでしくしくと痛んできた鼻先を手で覆い、はぁと息を吐き出す。差し込むオレンジの朝日のなか、透明な息はすぐさま白い氷へと姿を変え、ゆるゆると金色に飲み込まれた。 「…寒いねぇ」 「? そうか?」 隣を歩く旦那がけろりとした様子で答える。見ると、なるほど彼は全く寒そうな様子がない。自分が巻き付けてやったからついてる程度のマフラーを除けば、昼間の外出と何ら変わらない程度の防寒対策しかしていない彼に苦笑う。 「旦那は体温高いからねぇ」 「お前は血の巡りが悪そうだな」 「旦那に比べれば大抵の人は、ってね」 は、と空中に白を吐き出しながら笑って言う。すり抜けた風に肩をすくませると「寒がりだな」と少し勝ち誇った声が聞こえた。 「…子供体温っていうんですよ、それ」 「何とでも言えよ、寒がってばかりいるお前よりはましだ」 ふふん、得意げに笑う旦那にはいはいと答え、頬を撫でる冷たい空気にしっかとマフラーを締め直した。ざく、と雪を踏みしめる音が澄んだ空気に響く。 「…神社まではあと何分くらいかかるのだろう」 「んー…このペースだとあと十分、てとこかな」 「ううむ…思っていたよりかかるな」 「何日か前に雪降ったしね。てか、それで初詣にいこうっていう旦那が俺様信じられないよ」 「一年の計は元旦にありというだろう。お前はその足りない気合いを初詣で投入してもらえ」 「えー、それはやだなぁ…旦那とお館様で十分です」 「もっと熱く漲らぬか」 「遠慮しときますよ」 へらり、笑えば彼もくすりと笑った。共有している今がいとおしい。 ふと、瞳へ差し込んだ朝日に目を眇める。光の射す方へ視線を巡らせた。 一年のはじまりを告げる光は、空を東雲色に染め上げて歩く二人に明るく光を投げかける。 まぶしさに痛む薄紅色の瞼の裏、すこしだけ潤んだ目を光から外すと、旦那も日の出を眺めていた。 幼さを残した顔が目映い光を受け、陰影をしたためたその横顔はやけに大人びていた。 凛、と前を見据える眼差しの強さを知ると同時、胸を強く掴まれるような心地に視線を逸らせなくなる。 ───強く、誇り高く、苛烈を纏う彼の傍らに立てる僥倖。 それが、目眩のするほど幸せなことだと知っているから。 「…実はな、」 旦那の言葉でふっと我に返る。ちらと旦那がこちらを見、ぱちりと視線が噛み合った。 「初詣に行こうといったのはな、お前と共に、日の出を見たかったのだ」 思いもかけなかった言葉にはたと目を瞬くと、悪戯を成功させた子供のように旦那が破顔した。ぐいとポケットに引き籠もっていた手を掴まれる。 「さあ、ゆくぞ佐助!」 「え、ちょっ、わ!」 「早く神社で甘酒を飲むぞ!」 ポケットの中で尚暖まらなかった指先が外気に冷やされる刹那、旦那の手が俺の指先を包み込んだ。 彼の高い体温が、じんわりと凍えた指先に熱を分ける。無遠慮な温もりが指先から伝播し、胸にまでじわりと広がった。 そうだ、彼は人がどれだけあんたに感謝してるかなんて、少しも考えてくれないから。 こんなにたやすく、離れていた自分へ手を差し伸べてくれる。 それがどんなに苦しくて、どんなに嬉しいことか、あんたには一生わからないんだろうね。 「何をしておる佐助!甘酒は待ってくれぬぞ!」 すっぽりと手を握りこみ、ぐいぐいと腕を引く旦那の笑顔に目を眇める。 彼の背後、昇った来光が彼をきらきらと照らす。彼がつかんだ自分の腕が、まるで彼に導かれているような心地にさせる。 「……はいはい、いいから転ばないでよね」 ───光へ導かれるのではなく、彼の未来が自分のひかりなのだと。 ずっと昔から知ってる。 彼が光なら、自分はその背を守る影だと誓ったあの日から。 彼に引かれるまま俺は歩みを進める。 どうしようもない愛しさと、表しきれない感謝を返す声にのせて、少しでも彼の行く光の向こうへ届くよう祈って。 繋いだ手のひらに、彼の幸せを願いながら。 水晶のように澄んだ朝のいろが、ふたつの温もりを導いていた。 初詣にいく話。甘酒のみたい |