※幸村女体化
 高校生(not学バサ)


ちらりと店内を見渡す。自分を向かえた焦げ茶色の髪を肩上で揺らすウェイトレスが暖簾の向こうへ消えていくのが見えた。けれど、政宗のお目当ては彼女ではなく、別のウェイトレスなのだ。
いつもならこの曜日この時間には店に出ている筈であるのに姿が見えない。がっかりしながらも入った手前何も頼まないわけにはいかず、コーヒーだけ飲んで帰るか。とすぐに備え付けの呼び鈴を押した。すると「はいただいまー」と声がして、飲食店に似合わない少しあわただしい様子で一人が出てきた。

「あ、政宗殿!」

そのウェイトレスこそ、政宗がこの店に通う理由その人である。
薄茶色のフワフワとした髪、そこだけ長く伸ばした襟足を赤い長めのリボンで細くまとめている。濃紺の矢絣に濃紅色の袴、黒の編み上げのショートブーツ。明治大正の女学生風の制服に身を包んだこの少女は名前を「真田幸村」といった。

「今日も来て下さったのですか」
「…居ないのかと思ったぜ」

幸村は優しく目元を綻ばせ微笑んだ。休憩中だったという幸村は政宗が来たと聞いて休憩を早めに上がって店に出たのだとと言った。
これほど仲良く、名前を呼び合うようになるまでに政宗は約一ヶ月この店に通いつめていたのだから、なんとも自分らしくなく本気になっているのだと自分でも驚いていた。女性に対してそこまで酷い扱いをしているとか、それこそ使い捨てのように思っているわけでは勿論無いが、自分の容姿は有難いことに放っておいても人目を引く。いつのまにか周りに集まってくる女性を相手にしているうちに何となく始まった関係は何となく終わりを告げるもので、思い返すとこんなにも誰か一人の女性に本気になったことなど一度もなかったのだ。

「今日は何を召し上がられますか?」

POS端末を構えて微笑まれればコーヒー一つ、などと注文出来る筈が無く、幸村お気に入りのクリームあんみつを頼んでしまった。正直、毎回こうして甘味を頼むのは財布よりもまずそこまで甘い物の得意でない自分には胃に大ダメージなわけだが、意中の彼女が甘味屋で働いているのだから仕方が無い。以前出掛ける約束を取り付けるのにまずは携帯の番号とアドレスをと交換を申し出たが、彼女は「持っていない」という斜め上の答えを返してきた。このご時世交換したくない為に吐いた嘘なのではとも思ったが、本人がそういうのだから仕方が無い。それに、こうして自分に見せてくれる笑顔や接客には自分を嫌っている様子は見られなかったし、むしろ好感を持たれていると自負していた。

「かしこまりました。」

席から離れていく彼女の後姿を見つめてその姿が暖簾のむこうへ消えてしまうと、政宗はポケットからスマートフォンを取りだした。気付かない内に受診していた友人からのメールに返信を返す。
ふと、視線を感じて政宗は顔を上げた。店内には自分以外にもまばらにお客が座っている。ぐるりと見回すと一人の男がこちらをじっと見つめているのに気がついた。目が合うとにこりと微笑まれ軽く会釈される。年の頃は自分と変わらないくらい。苔色の襟付きシャツと白いTシャツを重ね着し、長めの茶色い髪を緩く逆立てている。あんな知り合いは見覚えが無いが、どこかで会ったことでもあるんだろうか。その男は会釈してすぐに視線を逸らしてしまったので政宗からは何も出来なかった。

「お待たせしたでござる」

暫くして幸村がクリームあんみつをトレーに乗せてやってきた。
相変わらず所作は飲食店らしからぬ動きで、それがまた可愛らしいのだと政宗は笑みを隠せなかった。

「ごゆっくり、政宗殿」

二言三言交わして席を去っていく幸村の後ろ姿を追って視線を走らせると、幸村は暖簾に向かう足を急に切り替えて戻ってきた。もしかして自分に何か言い忘れたことでもあったのだろうかと政宗が視線を合わせるべく顔を上げると、幸村は政宗のところまで来ることはなく別の席で足を止めた。
その席は先ほどこちらに会釈をしてきた男であった。
政宗はそっと二人を眺めた。何やら楽しそうに話していると思ったら幸村が何か拗ねているような怒っているような、頬を赤く染めて何か男に言っている。声は少し抑えられていて言葉までは残念ながら聞き取れなかった。

もしかして、その男は幸村の彼氏なのだろうか。政宗はそう思った。
優しく微笑む姿は見たことがあったけれど、あんな楽しそうな表情は向けられたことはなかった。顔を染めて怒ったような表情も見たことがなかった。
気付くとバニラアイスは器の中でどろりと溶けてしまっていた。なんだか、自分の心のようだと政宗は思った。
なんだか食べる気が完全に失せてしまって、一つ二つ寒天を口に運んでスプーンを置いた。
レジに向かうと出てきたのは幸村だった。

「政宗殿、体調でもお悪いのですか…?」

心配そうに言ってくれたその声にも政宗はいつものように微笑み返すことは出来なかった。笑ってはみたものの、どこかひきつったようなぎこちないものになってしまった。

扉をガラガラと閉めて、ポケットに突っこんでいたipodを取り出してイヤホンを付ける。何か煩い曲が聞きたくてぐるぐると操作をしていると、後ろから肩を叩かれた。
政宗が驚いて振り向くと、そこには苔色の襟付きシャツの男が立っていた。にっこりと貼り付けた様な笑顔のその男は「どうも」と口を動かした。
やはり知り合いだったのだろうか?いややっぱり見覚えはない。
イヤホンを取って眉を寄せると、男は「ごめんねー」とさも謝る気のなさそうな軽い声で謝った。

「なんか用か?」
「いや、用って言うか」

男も困ったように眉を下げて続ける。

「あんたがマサムネさん?」
「…?」
「いやーうちのお嬢からよく聞いてるよ。いつもお世話になってます」

突然の挨拶に政宗は面喰って、何も返すことが出来ないまま立ち尽くす。
男はヘラヘラと笑っていた。けれど、一度瞬きをして開いた瞳は強いものになって、口元の貼りついた笑みも消えて。

「悪いけど、あんたみたいのがうちのお嬢に近付かないでくれるかなぁ?大事な子なんだよね」

一瞬にして表情はまた貼りついた笑顔に戻っていた。
政宗はその変わり身についていけず面喰ったまま茫然と男を見つめた。

「じゃ、そういうことで。マサムネさん。」

ひらひらと右手を振って扉を開けて店の中へ入っていく男の背中を、政宗はそのまま見つめた。




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