※フリーター元親×大学生元就の同棲物語


一日中降ったり止んだりの雨は夜が更けていくうちに雨脚を強くしていった。
雨が酷くなっていくのと客足の遠のくのは比例して、今日は珍しく閉店の時間よりもほんの少し早いレジ締めとなった。雨が降っていても真夏の夜中は気温は下がらず、それどころか湿気が増して暑苦しい。俺は腰に巻いた黒のエプロンを外して近くのソファーに投げる。
閉店作業のテーブル拭きに夢中になっていると、マネージャーに呼ばれた。

「何スか?」
「今日はもう上がっていいよ」
「え、でもまだ作業が…」

マネージャーはレジから俺の方に乗り出すようにしてニヤリと笑って親指で扉の方を示した。暗くて外は良く見えない。

「ちょっと前から、あの子待ってるよ?」
「――は?」

待ってる?
誰が?
俺はもう一度扉の向こうに視線を投げる。けれど扉の近くに人影は無い。扉近くだけでなくガラス張りの壁の向こうを見回すと、ぽつんと、人影が見えた。少し離れた所にある大きな柱時計の下に、傘を差して向こうを向いている。

「ね、分かった?」
「…はい」

思わず顔が綻ぶのも隠さずマネージャーにぺこりと頭を下げて、エプロンを引っ掴んで更衣室へ向かった。
急いで着替えて鞄とビニ傘を掴み、店に戻るともう一度マネージャーと同僚たちにお礼を言って扉を出る。音を立てない自動ドアに気付くはずもなく、チラリともこちらを見ない。ビニ傘を開いてなるべく静かに駈け出した。
後ろ姿、しかも肩より少し下しか姿は見えないが、掲げた傘の柄で誰かすぐに分かった。薄萌黄の地に黒い小さな星を散りばめて、こちら側からは見えないが反対側、つまりは差している本人が見える側には同じく黒で沈みゆく太陽が描かれている筈だ。その傘は、

「元就」

俺が後ろから声を掛けると、薄い肩がびくっと跳ねすぐさま見知った顔が振り向いた。

「どうした?待ってるなら入ってくればよかったじゃねぇか」
「…あの場所は好かぬ。」

顔がふいと逸らされたが、柱時計を照らす為の黄みがかった蛍光灯に照らされた元就の横顔は少しだけ赤みがかった。以前店に来た際に相当からかわれたらしく、それ以降元就は店の中には絶対入ってこないのだ。

「大体貴様が傘を!」
「傘?」
「……持っている、ではないか。」

勢いよく振り向いた元就が俺を見上げて、俺が差していたビニ傘を見て驚いた顔をした。

「持ってきたけど…?」

今日は元就が学校へ出掛ける時も、俺が出掛ける時も雨は降っていた。だから店に出勤するのにもどうせ近いのだしとバイクをやめて徒歩で来たのだ。玄関に掛けてある傘の内で一番手前にあった大きめのビニ傘を差して。
元就の驚きように疑問を感じてふと下を見ると…俺の反対側、下がった右手にもう一本の傘が見えた。菖蒲色のそれは元就の今差している傘と色違いのデザインの俺用のもの。

「え、アンタもしかして、俺が傘持ってないと思って?」
「っ、愚劣…!」

顔を赤くしてさっと右手の傘を自分の後ろに隠そうとするのが可愛くて、俺はまた頬が緩むのを感じた。
お揃いで買った傘が玄関に置いたままだったのを見て、帰宅した元就は嫌いな雨の中俺に傘を届けてくれようとしたのだ。先週の休日に2人で出掛けた際にそのデザインを元就が大層気に入ったのを購入すると言って、俺も揃いで買おうとしたらあんなに不満気だった元就が。

俺が微笑むと赤い顔のまま元就はキッと俺を睨みつけてそのまま歩き出してしまった。
慌ててそれを阻止するように左肩を掴み、元就が立ち止まった隙にその右手から傘を取った。

「これ差して帰るわ」
「貴様にはビニ傘があろう」
「こっちがいいの。」

菖蒲色のそれをゆっくりと開くと、元就の差しているものと同じ柄が広がる。
ビニ傘を閉じて空いた左手にぶら下げ、不満そうな顔をした元就の額にちゅっ、と口付けた。

「なっ…!」
「ありがとな」
「……焼け焦げよ!!」

もう貴様など知らぬ!!と声を張り上げて早足で歩き始めた元就の後ろを俺は幸せな気持ちで追いかけた。



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