男泣き | ナノ




沈黙


 初雪が降った日だった。真夜中の暗い空から降ってくる雪が、むき出しの髪をじんわりと濡らす。冷たくなる鼻先から垂れる鼻水を啜って、小さく吐き出した息は白く震えて消えた。丁寧に間隔をあけて並ぶ街灯が真っ暗な道を人工的なオレンジ色で照らす。どこまでもまっすぐな道が憎たらしく思えた。
 一言も話さない。二人の息遣いは足音で消える。歩道のすぐ左側に並ぶ民家の住人は今雪が降っていることを知らない。雪は止まず黒いアスファルトを白く、白く、染めた。ちらりと右を歩くリクルートを見た。白い肌は寒さであかくなっていて、黒い髪は雪で濡らされてしっとりしている。特に何を思う訳でも無かったからリクルートに気付かれる前に視線を戻す。ただ、ポケットに突っ込まれたままの俺の右手がそわそわしていて少しだけ泣きそうになった。

 歩き続けていると急に後ろから犬が吠えた。あまりにも突然の事に、二人とも大袈裟に驚いて振り向いた。そこには栗色の毛をした柴犬が牙を剥き出しにして二人を捉えていた。心臓はドクドクと鼓動を強める。指先は死んだように冷たくなっていく。
「びっくりした」
「心臓、止まった」
「俺も」
 リクルートは手で顔を雑に覆いながら「焦った」と息を吐くような独り言を呟いた。それを最後にまた沈黙。ガウガウと暫く犬は吠え威嚇し続けていたけど二人はただ犬の遠くを見て立っていることしかしなかった。逃げることも、怒ることも、宥めることもしなかった。
 その場から全く動かず反応をみせない二人に興味を無くした犬は吠えるのを止め、繋げられた鎖をカシャカシャと鳴らしながら近くを彷徨い続けた。空気を変えた犬は退散して、残された二人の間には、何も言わないけれどなんと無く雰囲気で伝わるものがあった。
 それからもしばらく続いた沈黙の末、俺は下を向いたせいで垂れてきた鼻水を服の袖で拭いながら「帰ろう」と言った。少ししてからリクルートはどこか遠く、上を見ながら小さく掠れた声で「ああ」とだけ答えた。

 二人はくるりと進む方向を変えた。下を見ると二人の前に向かう足跡が少しだけ可哀想に思えた。雪だけは変わらずしんしんと二人の上に降り続ける。だからもうすぐ二人の足跡は何も無かったかのように消されるだろう。今思えば歩幅の狭いソレは、どこに向かえばいいのか分からない不安を表していたのかもしれない。







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