男泣き | ナノ




規則正しい食事


 荒れ狂う台風の前、肉を喰らう午後二時の二人。

 目を覚まして一番に視界に入ったのは書類の束で、ああ今ここは事務所で、そうして自分は今仕事中に眠っていたのだと整理し理解するまでに数十秒ほど時間が掛かった。
「寝てンじゃねえよ」
 少し離れたところから聞こえた声で、ぼんやりと霞んでいた全てに意識が戻り「すンません」と掠れた声は恐らく届かない。
 俯せの体勢で眠っていたせいで痛い背中を、仰け反らせながら欠伸をした。机の上に置いていた携帯で時間を確認すると今は午後一時四十分。窓を見ると外は、薄い雲の流れが速く、ガタンと時々窓ガラスが叩かれる音は乱暴で、風の強さを感じた。こんな日は、取り立ての予定がなくて良かったと安堵した矢先、向こう側に動く気配がした。
「柄崎」
「はい社長」
 鼻を啜りながら返事をすると奥から社長がやってきて、じぃ、と今目が合う。
「肉、食いに行くぞ」
発生する違和感。
「え」
 声を無意識に出してもう過去、社長は既に事務所のドアを開け進んでいた、肉へと。

 昼の休憩を終えて会社に戻っていくサラリーマンとOL、昼飯時のピークが過ぎて皿洗いをしている飲食店の水音がそこらじゅうに溢れていた。やけに明るい空は、揺れる木の陰を強く濃くしていた。台風が来る前のせいか朝からずっと、風が強くて雲の流れが早い。大きな音を立てて吹いてる風によって、飛ばされている白いビニール袋の、不規則でゆったりとした浮遊の様を目で追いながら、朝に見た番組の天気予報で明日は一日中荒れると言っていたのを思い出した。
 どこかぼんやりとするままの身体を連れ歩き終えて、小さな焼肉店に入る。朱と金と黒の三色で統一されている店内には、店員が一人。二人の大きな男を狭い店の一番奥のテーブル席へと案内して、コップに注いだ水を二つ置いた。
「カルビホルモンハラミハツイチボミノ牛タン」
 全部二人前ずつね、と伝えると店員は伝票に注文を書き、カシコマリマシタと言って厨房へと消えた。
 日中で電気の付いていない店内はテーブルの真横にある大きな長方形の窓から差し込まれる光のみで、そこだけやけにくっきりとしている。向かいに座る社長の顔が光によって同じくくっきりとした影を作っていた。綺麗だと思った。
 注文をしてから十分も待っただろうか、店員はアルミのトレイに大量の生肉を持ってきた。どれがどれでどれがどれで、肉の部位の説明をしながらテーブルの上にどんどんと置かれて行く。俺は一切声を言葉として聞かず、温まった網の上にトングで肉を挟んで乗せる。焼ける肉の匂いとその音に自然と腹が減る感覚が襲う。さっきまでどうしてもぼんやりしたままで、違和感を抱えたまま座っていたのだけど、やはり胃は正しいのだ。

 午後二時半を過ぎて空は青いまま、風は強く窓を叩き明日の台風を待っているのを横に、焼肉店の今ここで、大量の肉を、感覚を第一にちょうどいい焼き加減で肉を社長の皿へと寄せていく。立ち上る湯気と肉を一口で口に入れ、噛む。社長はその規則正しく並んだ歯で、規則正しく噛む。動きが止まって、一度、喉が動く。ゴクリ、とまさにその様、無駄がない。
 なんで焼肉?って疑問は今更。焼きあがる肉を皿へ乗せると社長は淡々とそれら全ての肉を食べるので、その姿につい見惚れてしまう。欲情的だと、思うのだ。一切を忘れてもう、その肉になれたらいいのに。
「肉、焼き加減どうっスか」
「普通」







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