拘束具が外された。 だらりと腕が重力に従って下ろされる。 拘束するものがなくなって少しばかり楽になった。 だけど喜ぶ元気はもう私にはないらしい。 深呼吸を一つだけした。 私の拘束具を外した黒髪の、背の低い彼は私の傍にいる。 へいちょう、が名前ではなく地位を表すものであるのならば彼は兵士の長なんだろう。 地位があるならば独断で私の拘束具を外す事も平気、という訳だろうか。 思考がのろのろと鈍い中では正しいかどうかわからなかったし確かめる気にもなれなかった。 彼が私の顔を覗き込み何か食べるかどうかと聞いてきた。 確かにお腹は空いていたけどきっと戻してしまうだろう。首を横に振る。 しばらく黙っていた彼だったがふと私の額に触れると手を離して小さく舌打ちをした。 その行動がやけに何だか怖く感じてしまってびくりと体が震えた。 そんな私の様子を気にすることもなく彼は私の手を引いて傍にあったベッドまで連れてくると横たわらせてきた。 ベッドにしては堅いし薄い布切れみたいな布団を被せられた。 だけど、椅子に座ってろくな睡眠もとれなかったものだからひどく安心した。 すぐに瞼は重みを増して起きてようという意思は途切れた。 今度こそ目が覚めたらお母さんが出迎えてはくれないだろうかと考えながら眠る。 生温かい液体が耳に触れたので起きた。 悲鳴や恐怖から起きたのではなかったが不愉快であったのには変わりない。 その液体が涙で、私は泣いていて、そして起きたのだと気づく。 すぐに体を起して涙を拭う。 恥ずかしい事にまだ傍には人がいた。兵長、さんが。 顔色が良くなったとそう言うと彼は私の手を引いて再び椅子へと連れた。 そして座らされて眠る前と同じく拘束具がぐるぐると。 だけど心なしか緩い気がしたし数も減った気がする。 足が自由に動けるくらいには。足が動かせたってどうしようもないけど。 「…良いんですか」 まだ喉が痛い。 空腹と渇きをとても感じてた。 口を開いたのは私だけど言葉を重ねるのは億劫だった。 そのまま黙っていたのだけれど彼は何の話か察したらしい。 こんな縛り付けた子供一人に怯えるなんて馬鹿げてる、という事を言ってた気がする。 彼が良い人か悪い人かどうかはさておき口調は乱暴で顔つきも何だか怖い。 ちょっと身構えてしまう。 また来ると言って立ち去ろうとする彼を呼ぶ。 名前を知らない。教えてほしいと。 彼はリヴァイと言うらしい。 そしてあのリヴァイさんは一体何をしに来たんだろうか。 私がベッドで眠るのを見てただけじゃないだろうか。 それからリヴァイさん、と話を何度かした。 話していく内に彼は決して悪い人ではないのだとわかった。 良い人だと言い切ることもできないが。 良い人、というのは私にとって都合のいい人。例えば私を憐れんでこの檻の中から連れ出してくれたのなら。 その人は私にとって良い人な訳だ。なんて自分勝手だろうか。わかってる。 だけど誰か助けてくれたって良いのに。 彼と話していく中でわかった事がいくつかある。 私の想像通りここは別世界だ。 察してはいたものやはり少しばかりショックだった。 この世界には優しく子守唄を歌ってくれる母はいない。なんでも教えてくれる優しい彼女はいないんだ。 なんとか帰る方法を探したがったが拘束された状態ではそれも叶わない。 ずっとここにいるんだろうか。囚われたまま朽ちるんだろうか。 それならさっさと、 大分思考が脱線した。 今はわかった事についての整理をしたい。 この世界には巨人がいる。詳細は不明だが人を食らう生き物だそうだ。 その巨人に人類は追い詰められて大きな円形の壁の中で生きているらしい。 人類がどう対抗しているのか、それがどの程度の力なのか。 そういう部分が気になったが問いかけはしなかった。 人類は、追い詰められて、壁の中で暮らしてる。 力の差は明白だ。その先に何があるのかも。 敵うものか。一度追い詰められて逃げ出した人がどれだけ技術を持って力を持ったって。 たかが、しれるじゃないか。 冷静に考えてほしい。勝てるか?人類が敵うだろうか?無理だ。無理に決まってる。 それなのに彼らは人類の勝利を夢見て死んでいくのか。とても可哀想、だと思った。 彼が兵長と呼ばれていた事に関しても聞いた。 渋々といった様子だったが答えてくれた。 巨人と戦う技術を学び力を得た人は勝利の為に調査兵団、と他二つ。全部で三つの選択肢の中から選んで頑張るらしい。 何となく曖昧でぼんやりとした情報だが彼は私に伝えるのを渋った為このくらいしか理解できなかった。 そしてその調査兵団の兵長が彼、リヴァイさんらしい。 調査兵団の中身については触れなかったし教えてくれなかったが名前からして調査する団体なんだろう。 何を調査するのだろうか。壁の外とか、巨人について、だとか? この人はたくさんの人の命を背負って、 人類の未来を見据え立っているんだろうか。 重くはないだろうか。辛くはないだろうか。 逃げ出したりしないんだろうか。 泣き出したくなったりしないのかな。 思考がごちゃごちゃとしてきたところで、 ふと私の拘束具はなんて緩いんだろうかと思った。 そして彼はいつまで戦い続けなくちゃいけないのかな、とそう思ったが寝た。 今日は久々に悪夢を見ずにすみそうだ。 |