昨晩から予兆はあった。 少しばかりいつも違う様子の彼に問いかけた際に、ちょっと戸惑ってから何でもないと告げられたりとか。 いつもは放っておかれるのに今朝は叩き起こされただとか。 今日は何かあるかもしれない。何があるかは知らないけれど。 折角朝早く起きたのだしいつぞやのスコーンをリベンジしようかな。 などと呑気な馬鹿げた思考をしていた私が悪い。 彼が言いづらかったのはわかる。 事前に聞いていたからといってどうしようもなかったのもわかる。 私の心構えなど知ったこっちゃないだろう。 元々私の立場は危ういものだったんだ。 そしてもっと言うのであればここ何日間か、彼の保護やら観察という名目で放っておかれたのは体調がすぐれなかったから。 体調が戻った今、改めて私の処遇を決めようというのはなんらおかしいものではない、だろう。 だけど再び手足を拘束されて大勢の人の視線を集め見下ろされる中で。 心臓が跳ねて皮膚を割いて飛び出してきそうなそんな状態なのに。 まともに対応しろという方が無理だろうというのはわかってほしい。 何を問われたのかよく覚えていないし何て返したのかもわからない。 乾いた口の中を通る言葉はとても幼稚で馬鹿げていただろうと思う。 ひどく泣きたくなって堪え切れなくて結局泣いた。 彼らはみんな敵で、私の味方なんて誰もいなくて、自分は一人きりなんだと思った。 みんなしねば、なんて考えに辿り着く直前に彼が言う。 何て言ってたかいまいちよくわからないし思い出せないのだけれど。 彼の発言の後、割とすぐ私は解放されて彼に手をひかれながらその裁判所を後にした。 しくしくと馬鹿みたいに泣きながら歩いて再び部屋へと戻る。 あまりにも不細工な泣き顔を晒していたことだろう。 泣きやまない私を見て彼は少しだけ困ったように乱雑に顔を拭った。 泣くな、と言った後彼は部屋を後にしてどこかへ行ってしまったけれど。 ぐすんぐすんと鼻を啜りながら改めて今日の出来事を思い出す。 私は、不特定多数の人間に信用をされていない。 未知のもの、恐ろしいものとして見られているんだろう。きっとこれからも。最悪でもしばらくは。 迂闊な行動や言動は控えるべきだ。誰がどこで見ているかわからないのだし。 そして私のこれからについては彼の計らいもあって基本的にはこの数日間と変わらない生活だろう。 多少、面倒には巻き込まれるかもしれないけれど。それは仕方ない。殺されるよりはましだ。 早く、お家に帰りたい。 帰る方法を探さなくては。 そう強く思った。 それと同時に、私はもしかしたら彼が、優しいあの人が、好きなのかもしれない。 そう、思った。 |