エルヴィンさんに迫るだけ
私は彼が好きだった。
が、それを伝えてどうにかしようという気持ちは全くなかった。
こんな感情を引きずるのはお互いに面倒だし迷惑だから。
明日死ぬかもしれない立場と消えるかもしれない体と自分のものではなくなった心臓。
理由をあげるならいくらでもあげられる。
この気持ちは伝えるべきではない。気のせいだと思い込んでゆっくりと消えるのを待とうと思った。
が、先日そんな話をリヴァイ兵士長にぽろっとこぼしたところ何言ってんだこいつって顔をされてしまった。
彼が言うには最終的に判断を下して選択するのは自分自身だろうけれど後悔しないのかと。
明日死ぬかもしれない立場で消えるかもしれない体を持ち、人類へと心臓を捧げたかもしれないけれど。
明日、死ぬとしてその想いを秘めたままで後悔しないのか、と。
消えてなくなって、無かったことになる想いが可哀想ではないのか、と。
彼は思ったよりも熱い人らしい。初めて知った。
焚きつけられた訳じゃない。いや、焚きつけられた。
そもそもが黙ってじっとしてるタイプじゃないんだ。
彼に好きだと言ってこよう。そして抱いてもらおう。
大分飛躍しているであろう思考を止める人はいないし止まる気にもならなかった。
迫ろう、そう決めてからは早かった。さっと適当な口実を作って彼の元へと足を運ぶ。
「エルヴィンさん、ちょっといいですか」
私と、彼との関係は決して悪くない。
いや、むしろ良好と言っても間違いではないだろう。
ただ彼が私をそういう対象で見ていないのもわかる。
(それは、そうか)
兵士として生きてきたんだ。死んでも構わないと思って生きてきたんだ。
人類に心臓を、誰かの為に遠い未来の為に、馬鹿みたいに生きてきたんだから。
口実として作ってきたのはベルトのサイズが合わない、という話だった。
わざわざ胸元の金具を緩めて壊してきたこの行動力を褒めてほしい。誰にも言わないけど。
こんな相談をわざわざ団長にするのは我ながらどうかと思うのだけれど人の良い彼は特に何も言わなかった。
早急に直した方がいいだろうとそう言ってから服を脱ぐよう促された。
何を突然言うんだこの人は、なんて考えながら大人しく上着を脱いでシャツも脱ぐ。
真っ裸になった上半身に再びベルトをはめ直しながらふと彼の服を脱げとは上着のみを示していたのではないかと思った。
私がおかしな想像をしているから勝手に真っ裸になっただけではないかと。
まぁ、これで性行為に持ち込んだらこちらの勝ちだ。多少の勘違いと恥は勝利に必要なことと思おう。
少しばかり困惑したような様子の彼に私の思考が正しいことが肯定される。
彼からしてみれば突然真っ裸になった変な女がベルト直してくれとか言ってるんだ。それは困るだろう。
「自分じゃなくて、心底良かったと思うんです」
自分で壊したベルトの胸元の金具に触れながら呟く。
どういう会話の経緯だったかは忘れたが頭の中に血飛沫が広がる。
悲鳴が、血の臭いが、死に際の、彼らの表情が。
「死にたくないっていうのとは少し違うけど」
肩に置かれた彼の大きな手は温かい。
生きている人間の温かさだと思う。死人からは感じられない温かさ。
「少しでも長く生きて、少しでも多くの巨人を殺すのが私の使命だと思う」
こんな話をしにきたのではないと思いながらも黙って聞き役に徹する彼につい口が動いた。
頭の中では死んでいく仲間達の姿が映像として流れている。
それなのに、
「だから、私はまだ死ねない。今はまだ死ぬべきじゃない」
それなのに、どうして彼に好きだと言えるだろう。
好きだから抱いてくれなんてどうやって言えるんだろうか。
「…驕りかしら」
否定をして欲しかったんだろう。
「そんな事ないよ」
そんな事はないって。
こんな風に言って欲しかった。
それからは。
それからはもう夜は遅いからおやすみなさいと部屋へ返された。
脱ぎ散らかした服をきちんと着るんだよと言われながら。
ベルトは後日ちゃんと直して私に返されるらしい。
当初の目的は何も果たしていないが随分と晴れやかな気持ちなので別にいいだろう。
(好きだと、言い忘れた)
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