思ってもいなかった人物からの手紙に胸が潰されるような思いに囚われる。
母は、あの優しく美しく清らかであった母は、こんな国を望んでいたのだろうか。
それとも実情は知らずにただ不遇を極めていた魔導士が救われることを喜んでいただけだったのだろうか。

…それよりも。
モガメットさんは私の母の手紙を探してくれたのか。
あんなちらと話しただけの私の為にほんの少しの情報を頼りに。
何十万といる人の中から母のこと、母の手紙のことを、私に。

先程は言いすぎてしまった、と思った。

マグノシュタットと煌の話し合いは半ば強制的に終わった。
父上が亡くなったそうだ。

急いで煌へ戻り葬儀を終えた。
少しばかり期待していたのだが予定通り煌はマグノシュタットに侵攻するらしい。
その話を聞いて私はすぐに受け入れられなかった。
わかっていたことなのに父上が亡くなったこともあり実行しないのではと期待したからだ。

「…貴方は優しい子だものね」
俯いた私に姉が優しい声でそう言った。
気遣うようにそっと肩に手が触れる。

「大丈夫よ」
微笑んだ姉は私を安心させようと言葉を続ける。

「私たちは必ず帰ってくるし、世界は一つになるんだもの」
―侵略によって?

「相手の手の内はわからないけれど…でも、絶対勝つわ」
多くの人を犠牲にして?
ただ家族と笑って暮らしている人たちに手をかけて?

その先に本当に平和があるの?

姉の声が遠ざかる
もやがかかって壁一枚隔てたような

違う、
違うのに、
声が出ない

「同じ生き物じゃないのはどちらかしらね」
ぽつりと呟いた声に従者が反応する。

「煌は戦争をするって。たくさんの人を殺すんだって」
赤ん坊を抱いていた母親は子の成長を楽しみにしていることだろう
本を読んでいた姉妹はその続きが気になっていることだろう。

それを全部壊そうとしている。

「そんなの、間違ってるわ」

しわがれた低い声が頭の中で響いた。
魔導士のための国を作りたい。
魔導士が怯えず、傷つかず、胸を張れる居場所を。
好きなだけ本を読み、考え事に耽れる場所を。
家族と共に手を取り、穏やかに暮らせる国を…―

「絶対にそんなことさせない」
私のそんな独り言めいた呟きに従者が声をあげた。

「寝返るのですか」
ひきつった情けない声だった。
目を見開いて驚きに満ちた表情をしている。

「嫌な言葉ね。でもその通りかもしれない。どうする?私を止める?」
立ちすくんだままの彼へと近づき手を伸ばした。

「貴方は、そんなことしないでしょう。私と同じ考えのはずだわ」
いや、もしかしたら私よりも強く思っているかもしれない。
彼はあの五等許可区にすら賛成の意を示していたのだから。

「…私は、この国ではなく、貴方に…貴方だけに忠誠を誓っている身です」
かしずいた彼の姿に安心する。

祖国から寝返ることになるのだ。
家族を裏切ることになるのだ。

それでも、もう自分の意志に気づいてしまった。もう怯えて暮らすのは嫌だ。
そして私のように、怯えて暮らして欲しくない…だからあの国は必要だ。

ちらりと、頭の中に私を慕う弟の姿が思い浮かぶ。
ぐらりと、めまいが、した…―