「お話、した事なかったんですけれど…私、過去に弟を亡くしてるんです」
笑って話す内容などではなかったが、彼は笑ってた。
ただその笑顔は歪んでいて、ああ、泣きそうなのだと気付いた。

「その年は不作で、ろくに食べることができなくて、母が倒れて…」
ゆっくりゆっくりと俯く彼は絞り出すように声を出した。

「本当に、本当に…どうしようもなくて妹を売ったことも、あるんです」
知らない過去だった。
いつも傍にいた彼の聞いたことのない話。

「私を鬼の子だと思うなら、それでもいいんです。ただ、家族で飢えることなく怯えることなく暮らす世界があった、なら…」
貴方だってそう思うでしょう、と彼が続けた。

『いつか、この世界が一つになったら争いなんてなくなる』『誰も恨んだり悲しんだりなんてなくなる』『傷つけたり怯えたりそんな事もなくなって』

―そしたら皆で笑って暮らせるのかしら

ただ普通に家族と笑って過ごすことができたなら。
あの空間にはそれがあったんじゃないだろうか。

「でも、あんなの間違ってる…」
そうつぶやく私はもう彼の顔が見れなかった。

「私はもし叶うのであれば幼少の頃をあそこでやりなおしたいくらいです」
ごめんなさい、と謝る彼の顔も、やっぱり見れなかった。

すっかり勢いをなくした私は従者にもう休むよう告げて下がらせた。
そして何故か運悪く部屋から出るとモガメットさんと顔を合わせてしまった訳だが。

「同じ人間の所業とは、思えませんでした」
今日はどうだったかと笑顔で聞くものだから棘のある言葉を吐いた。
もしあそこにいるのが私の姉や兄、弟妹であったらと考えると…ぞっと、する。

「同じ生き物ではないでしょう?」
何を言っているのかと思った。
呆気にとられた私に彼は思い出したように手紙を渡してきた。
一人で部屋で読むよう勧められる。

本当はもっと何か言いたかったのに、言葉は声にならずに私はそのまま部屋に戻った。

手紙は母親からだった。
そういえばこの間モガメットさんに母親の話をちらとした気がする。
手紙の内容は私を気遣うもので私を一人煌に置いていってしまった事を気にかけていた。
ただこちらは危ないから連れてきたくても連れてこれなかった会いたい顔が見たいとそんな事が書かれていた。

つまりは、だ。
十数年前に幼い私を残して母は死んだ、訳ではなくマグノシュタット改めムスタシムに来ていたのだ。
ただその数年後に母は亡くなって…こうして私がいつか読むかもしれないからと手紙を書いていた訳だ。
母は最後に強く生きてくれと書いていた。

母は、魔導士だった。