紅覇とマグノシュタットに来たのは私が魔導士だからだ。
魔導士がいれば話も円満に進むのでは、という理由ではあったがそんな単純ではなく、話し合いはあまりいい方向には進んでいない。

「(それは、そうだわ)」
自分たちがどういう境遇に置かれるかろくな説明もなく私たちの下へなどと言われても。
まして煌帝国は侵略戦争や貿易でだってあくどいことをしているのは有名なのだから。

このままいつまで粘ってもいい答えは得られそうにないだろう。
でも煌に戻ればマグノシュタットへ侵攻するに決まっている。

どうすればいいのかなんてわからない。
いや、お姉様やお兄様は私なんかよりもっともっと色々なこと考えていると思う。私の考えなどとるにたらないだろう。
ただそれを正しいと心から言えない私も確かに、いる。

そしてその思いは日に日に益々、強くなる訳だ。

モガメットさんと話をした。
挨拶と他愛のない話をした。
もし良かったら護衛をつけるから街を見ておいで、と言われた。
いい人、だった。

紅覇は渋ったが強引に話を進め、私は護衛と従者を連れて街に出た。
街は活気に溢れていた。街の人たちが護衛にとつけられた魔導士に頭を下げる姿はちょっと引っかかったけれど普通の街だった。
幼い赤ん坊を抱く母親や笑いあって本を読む姉妹を見て私たちは本当にこの国に侵攻するのだろうかと胸が痛む。
ただ普通に暮らしている彼らの幸せを壊しに、本当にここまで来るんだろうか。

「間違っているのかしら」
私の従者は眉を下げて困った顔をしていた。
困らせてしまったと、思った。そんなつもりはなかったのに。

護衛の人と話している中でひしひしと伝わったのは、この国が魔導士以外を差別しているという事だった。
私が煌帝国の使者としてここにきている皇女だというのは別に隠されてはいない。
色々と大変でしょうと言われた。
魔導士以外の人間と血の繋がりをもって、と。
どういう意味かは聞かなかった。いい気分になるような話ではないだろうと思ったからだ。
それよりも話の最中で地下に人が住んでいるということを示唆する内容が気になった。

モガメットさんと再び話をした。
街がいかに素晴らしかったかや嗜好品の類の価値の話をした。
装飾品のいくつかをお土産にしたいと語る私に彼はずっと笑顔だった。
ふと昼間気になった話を彼にすると地下にも人がいるということがわかった。
ただあまりにも彼がいい顔をしなかったのが気になった。
私が行きたがると彼は渋い顔のまま許可を出してくれた。

五等許可区に行ってきた。
勿論モガメットさんの許可を得て護衛を連れた上でだ。

「あんなの、間違ってるわ!」
声を荒げて傍にあった本を投げる。
五等許可区から帰ってきてモガメットさんへの挨拶もそこそこに自室へと戻ってからのことだ。

「どうしてあんなことが平気で出来るの?あれを見て何とも思わないの?」
すぐにでも心の内を勢い任せに諸悪の根源である彼にぶちまけてやりたかった。
ただ従者に半ば強引に連れられて、自分でも落ち着くよう言い聞かせながら椅子にどさりと腰掛ける。
紅覇には何も言わずに一連のことをした。罪悪感は少しだけある。ただそれよりも憤りが大きい。

「私は、あちら側だった」
彼らの目がひどく痛々しかったのを思い出す。
何もかも諦めて仕方ないとこれが当然なのだと、何も知らないで、

どうして私だけ魔法使いなのだろうと思った。
父や姉や兄と違うのだろうと。
生まれてこなければと考えたことだって、あった。

「あんなの、間違ってる…」
モガメットさんはどうしてあんなことができるんだろう。
あんなに大勢の人を苦しめておきながらよく私に笑いかけられたものだ。
同じ人間だなんて、思えない。

「本当に間違ってますか?」
従者は膝をついて座った私を見上げてきた。
真剣そうな表情だった彼はつとめたように明るい声を出した。