「母様はすぐ戻ってきます。だからいい子にしているのよ、私の可愛い子」
涙ぐむけど泣き言を言わない幼子を抱き締め、お餅のようにつるりとした額に口付けた。
無理に作られた笑みに見送られ、後ろ髪を引かれる思いで故郷へと旅立った。

久しぶりだ。
本当に、久々に煌へ帰る。
風の噂程度に兄妹の話は聞いていたが、顔を見るのは久しぶりだ。

煌につくと兄妹との再会を喜ぶ間もなく着替えて父と会った。
動かぬ肉塊となった父の姿はおぞましいものだった。人とは思えない程歪んでいた。
衝撃は受けたが涙は出なかった。悲しいという気持ちさえなかった気がする。
私も子を持つ立場だからだろうか。子に死を悲しまれない親というのはとても哀れな気がする。
次の皇帝の座につくのは皇后である玉艶だそうだが私にはあまり関係ないような気がした。

「姉上、後でお話があります」
葬儀の最中、静まっている中だったからだろうか。
彼の声を耳で拾った。瞬間、胸の中でざわりと黒いものが動いた気がする。
未練がましいというか、情けないというか、呆れるとでも言おうか。

「(あ)」
でも、思ったより胸は痛まなかった。
もう私はあんなにも恋い焦がれた男の声すら思い出せそうにない。
名前は何だったかな、と考えるのは止めた。

私には帰る場所がある。待ってる人達がいる。
過去の愚行を思い出して何になると言うのだ。振り返るよりもやることがあるのではないか。
あの人は寂しがってはないだろうか。あの子は泣いてやしないだろうか。
彼らのことを考えていると胸の中で動いたものはしゅるしゅると小さくなって消え去っていくようだった。

葬儀を終えると長旅の疲れもあって兄妹達との再会もそこそこに部屋で休もうと歩みを進めた。
不意に廊下に人影を見つけて足を止めると、白瑛がいた。
多少の躊躇いを感じない訳でもなかったが、久しぶりだと告げると彼女は微笑んで見せた。
その美しい顔に胸が痛むけどそれもほんの少しだった。
だけど、この痛みは昔働いた彼女への無礼についてだろうと、思えた。昔の話をして謝罪をすれば彼女は気にした素振りもなく私を許す、

「ねぇ、そうだわ」
日が落ちたのに雨はやまない。
吹き抜けの廊下は冷える。
いつから雨が降っていたんだろう。
どうして私はこの廊下にいるんだろう。

「葬儀のとき、白龍に呼ばれていたわよね。何の話だったの?」
話題も途切れ、何となく口にした疑問に対して彼女は微笑んでいたけれど言葉を発する様子はなかった。