※色々と気持ち悪い。 母は美しく高貴な血筋の人であったが男の子を産めなかった。 というよりは先に他の女に男の子を産まれてしまい、ようやく自分にも子供が、と思えば私だった訳だ。 つまりは女の子を産んでしまった、と。それはそれは大層嘆き悲しみお前など産まなければというのは母の私に対する挨拶だった。 「シャハラ」 珍しく優しげに私の名前を呼んだかと思えば膨れた腹を見せて貴方に弟ができるのよと笑っていた。 勿論腹の中の人間の性別などわかるはずもない。ただ、母は次の子は男であると信じていた訳だ。 父上は既にこの哀れな女への興味など失っているというのに。 口先だけのお祝いの言葉を告げると彼女は笑っていたがそれからさほど時間の経たぬ間に子は流れた。 それが女か男かなどということは全く価値のないものであり、そのまま母は衰弱して死んだ。 お前は産まれるべきではなかったのよ。誰にも望まれていなかったのよ、とそう言って。 散々言われてきたからか。それとも自分が自身に愛想尽きているのか。母の言葉はすんなりと受け入れられた。 きっと私は無価値な人間であの母親のおぞましい血が流れているんだ。誰にも歓迎などされないだろう。 別にそれでいい。 そしてそのまま一人寂しく死んで行くんだ。誰にも愛されずに誰にも認められずに。静かに見つけ出してももらえないで。 別にそれでいい、か? よくないよくない。誰か私を見つけてくれ。愛してくれ。認めてくれ。素晴らしい、よくやったと。生きていていいのだと。決して一人にはしないでくれ。お願いだから。 それが何の日だったかは時が経つにつれて重要性を失った。が、とにかくその日、私は父上に声をかけた訳だ。 大勢の家臣や兄妹達がいる中でお父様、と静まった広間に私の薄汚い声を響かせた訳だ。 当然、何か重要な用事があった訳ではない。咎められたのならば萎縮して顔を赤くして罪悪感に苛まれ次の日には冷たい体で存在してやろうと思った。 だけど静まった広間に口の中に異物を突っ込まれかのように、吐き気と共に乾いた喉をひきつらせながら再び声をあげた。 風邪を引いたと聞いたがもう大丈夫なのか、というような事を言った気がする。 兄だか弟だかよくわからないが彼らの瞳は私に向けられていた。家臣の数人が眉を寄せて怪訝そうにこちらを見ている。 父上はというと私の言葉にもう平気だ、近頃は段々と寒くなってきたからお前も気をつけろよというようなことを言っていた気がする。 会話の内容はどうでもよかった。なんでもよかった。ただ、彼が、父上が、私を自身の娘と認め口をきいてくれたことが嬉しかった。 否、本当はなんだあの女は、誰だ、と思っていたかもしれない。それでもよかった。彼は答えてくれた。私の父は、私に口をきいてくれた。 その事実だけが私の中で大切だった訳だ。 私は決して無価値な人間ではない、とその時はじめてそう思えた。 それからは枷が消えたかのように軽快に行動をした。 名前もよく知らなかった妹達と深く交流をしはじめ、兄や弟達とも会いに行った。 「私、お姉様に声をかけていただいて本当に嬉しかったの」 書物から目を離さずそう言うのは一番年の近い妹だ。 彼女の言葉に書物から視線を退けたのは私と、それから紅明と紅炎だった。 つまりは口を開いた本人以外がおや?と顔をあげた訳だ。 「…そんな事より私はこれを誰かに見られやしないかと心配なのですが…」 そんな事、と紅明が一蹴するのに何も思わなかった訳ではないが彼の言葉にも何も感じなかった訳ではない。 別に悪いことをしている訳でもないが各々用事を放って集まり、娯楽に興じている…のだから辺りの物音がいつもより気になるのもわかる。 「でも、部屋に閉じこもって一人で裁縫だなんだってつまらないわ」 先程まで読んでいた書物を投げ出し、そうぼやく私に紅明が部屋に閉じこもっているのは今もですね、なんて言う。 …要するに私は一人でいるのが嫌な訳だ。ううん、と悩ましげな馬鹿みたいな声をあげてからさっと立ち上がる。 「外に出て剣を振り回したっていいよ!ほら、行こう!」 私の言葉に紅炎が興味を示したのと相反して紅明が嫌そうに眉を寄せた。 |