彼女は不安定だ。 いつだかのようににこにことしては優しく接する時もある。 そんな時彼女は書物の話だとか勉学の話だとかをよくする。 最も大した学のない俺にもう、仕方ないなあ、と教えるような様子でだ。 年齢相応に笑顔をつくり得意げに語って見せる姿は可愛らしいと素直に見る。 勤勉な彼女は立ち振る舞いを見事なもので一部からはとても褒めそやされている。 その一方で彼女に近しくなるにつれて、彼女の事を知れば知るほど悪態をつき遠ざかっていく人も多い。 時折、何か憑いたように、もしかしたら本当に何か憑いているのではないかと疑っているが、彼女はおかしくなる。 初っ端から針を刺された自分にとってはもう見慣れたものではあるが、慣れた訳ではない。 痛いものは痛いし傷跡がなくなることのない自分の体も好きではない。 彼女は何かあると、何があったのかは知らないが、とにかく気に食わない何かがあるとそういった行為に走る訳だ。 程度も気分によって様々で骨を折られた事もあるし肉を削がれたりや刺された事もある。 次の日にはけろりとして元気がないわ、どうしたのなどと言って接してくるものだが危険の悪い日が続く時は最悪だった。 得体の知れないものを食べさせられて発熱し嘔吐を繰り返している中でやかましいと言われて蹴られ、しばらく食事をもらえなかったこともある。 人間の目玉を見てみたいと言って使い方の想像もつかないような道具を複数持って近寄られた時は泣いた。 それは恐ろしい、怖い、止めてくれ、と泣きじゃくる自分を見て彼女は飽きたからと言って止めた訳だが。 それから数日後に女中の一人が顔の半分を包帯で巻いた姿になりながら辞めて行ったことがある。 何があったのか想像がつかない訳ではなかった。そして彼女は食事を与えられなかった時、こっそり自分に飯を持ってきてくれた人だった。 とにかく彼女は気分で、誰彼問わずに、そういった行為をする訳だ。 「みんな死ねばいいのに」 血のついた刃物が床に落ちる。 その汚れた床、放っておいたら面倒だから、俺が掃除するんですよ。切りつけられた腹抱えて、誰にも見せられないような苦痛に歪めた不細工面で。 なんて事は言わずに突っ立ったままじわじわと衣服に広がる深紅を抑える。 ここでしゃがんだり座ったりすると追い打ちをかけられるということは既に学んだ。 「お前も死んでいいのよ」 そう言いながら彼女が近づいてくる。死ねばいいのに、と小さく呟いて彼女が抱きついてきた。 傷が圧迫されて余計に痛む、が、声はあげない。こういうときに言う気のきく言葉も知らなかった。 「生きてる価値なんてないくせに」 …俺の手の指先、爪の下に、赤い線がいくつもある。 痛みも落ち着いて治ろうとした頃に再び彼女がざくりと針を刺してくるので多分ずっと消えない。 見慣れている手だが慣れてる訳ではなくふとした時に痛みを感じる、し、周りの人がこの手を見て憐れむ時もある。 事情の知らない人がどうしたのかと呆けた表情をする時もあれば自傷かと笑う人もいる、訳、で。 今しがた切りつけられた腹の傷を彼女が手で弄ってくるものだからひどく痛む、訳だ。 ははは、と乾いた笑いが漏れる。 彼女は何も言わなかった。 彼女は俺を助けてくれた訳ではないのだ。理解していた事だが今、ようやく受け入れられた。 助けてくれた人間がふんぞり返ることこそあろうが、刺すか、普通。抉って削いで切るか。次はなんなんだ。 それでも彼女から離れられないのはこの人にどうにか幸せになってほしいと喜んでほしいと思っているからだ。 「一人に、なりたい」 |