美しい人だから。
例えば書物の字を追っている時でも。
美しい人だから。
例えば食事をしている時でも。
美しい人だから。
例えば…ああ、そうだ、彼女が何をしていたって。

あの夜の事を思い出してしまう訳だ。
そういった行為が恥ずかしいだとか好きだとか嫌いだとかそんなものではなくて。
じゃあ何だと問われると言葉に詰まってしまうのだが、だから、とりあえず、なんなんだろうか。
自分は男なのだと改めて感じているところな訳だ。

「あぁ、疲れた」
そう言って座り込む彼女に労いの言葉をかけると笑みを返された。
少し遅れてきた従者を彼女がさがらせて口を開く。

「お父様が私を心配してくださっていてね、子供も夫も死んで気が楽になりましたなんてとても言えないもの。…嘘をつくのって大変ね」
それは彼女が素直であるから、だと思うのこそ恋は盲目だというやつだろうか。
話している内容はお世辞にも慈悲深いと言える内容ではないのだから。

「それにしても、私はそんなにか弱そうに見えるのかしら。たった二人、人が死んだだけで気落ちするような?」
ううん、と悩ましげな声をあげる彼女に頬が緩むのを感じながら肯定する。
華奢だからと言うと彼女は照れたように笑ってこちらを見る。

「では、私の神経が図太いのは紅明様だけが知っていればいいですね」
照れた様子の彼女はこちらに近付いてくるとそっと手を伸ばしてきた。
そのまま抱きついてくるとこちらに体重を預けてくる。

「貴方と私以外みんな死んでしまえばいいのに」
随分と物騒な事を口にするものだと、笑った。
きっと今彼女を殺してしまえたのならひどい後悔と共に生きていけるのだろうと背筋が震えた。