あれは夢だった。

そう言い聞かせて数日経った。
夢だったとしても些か問題がある訳だが。
だってそれはつまり私が彼女をそういう対象として、と思考が行き着いたところで頭を振る。
彼女は妹だ。家族だ。それ以上は何もない。

だから彼女が親しげに兄と話していたって別に構わない訳だ。

珍しい組み合わせですねと彼らに近づくと彼女がくすくすと笑った。
目を細めて優しげに笑むと兄を見上げてそっと口を開いた。

「お兄様、髪が乱れていたんです。今日は風が強いけれど…まだ寝ぼけていらっしゃるのね」
失礼な物言いだと言う兄も確かに笑っていて、彼は当然のように彼女に、触れる。

「シャハラこそ随分な頭だ」
「あら、意地が悪いんですね。今しがたお話したばかりなのに」
ああ、聞いた聞いた、と言いながらも彼の手は彼女の髪に触れたままだ。

「いつも結ってくれている者が寝込んでるんだろう。それで薬湯を取りに行くと」
仲良さげに話す二人の姿がどこか遠くのように感じた。
兄を呼べば彼はどうかしたのかとこちらを向く。ようやく、手が離れた。

「女性にむやみに触れるものではありませんよ」
私の言葉に反応を示したのは彼女の方で。
いつだかと同じように笑みを浮かべて口を開く。

「兄妹じゃありませんか」

今きっと彼女の事を殺してしまえたら今日は心安らかに眠れるのだろう。

「忘れてくれませんか」
しばらくしてふと気づけば兄の姿は既になく、彼女が少しの距離を置いて傍にいた。
彼女の言葉に呆けた反応を返すとくすりと笑われる。それからそれは悲しげな表情に変わる。

「どうかしていたんです」
そう言って忘れてくれ再び口にした彼女は部屋に戻る胸を告げてゆったりとした動作で背を向ける。
立ち去ろうとする彼女を引きとめたのはきっと私の頭がおかしいからだ。

「シャハラ」
名前を呼ばれた彼女は振り返らなかった。私が咄嗟に掴んだ細い腕は震えてた、気がする。

「貴方は私が好きなんでしょう?」
振り向いた彼女は私と目が合うと俯いてしまった。
もし彼女が今嘲笑ってくれたのなら。呆けた表情を返してくれたのなら。
何を言ってるんだ、そんな訳ないだろう、馬鹿げてる、そう言ってくれたのなら。
少しでも拒絶を、否定を、してくれたのならば。

「誰に断りを得てこの場から去ろうとしているんですか」
きっとこんなことにはならなかったんだろうと思う。

顔をあげた彼女は私の名前を呼びながら抱きついてきた。
泣いているらしく震えた声で私を呼んで好きだとそう繰り返していた。

「今までずっと貴方だけを慕っていたんです」