嫁いだ先の内政が荒れたからと父が厚意で煌まで連れ戻したのは二人目の妹に、なる。

幼い頃は一番仲良くしていたし、とても美しい人だったというのを思い出しては感傷に浸った。
兄に昔こういったことがあったねぇ、懐かしいねぇ、と年寄りじみた言葉に同意を求めればしばらく黙った後に彼はあれか、柿をぶつけ合ったあの…と訳の分からない思い出話で確認をとろうとしてきた。
多分、彼はあの美しい妹と誰かを混同しているのだろうと思う。
ということはつまり彼にはあの美しい妹はその程度の人物であるということになる。

(あんな綺麗な人が、)
まぁまぁ不謹慎かもしれないが妹と会うのが楽しみだと、思った。

妹が帰ってきて形式的な挨拶を終えた。
十年ぶり程になるだろうか時間というものは恐ろしく彼女を変えていた。
元々愛らしい顔立ちではあったのだけれどこの十年でそれこそ恐ろしく美しくなったわけだ。

(まともにみれない)
決まりきったやりとりを終えると彼女はこれからの身の振り方を考えなくてはと父の元へいってしまった。
美しい衣服に包まれた彼女の姿がどんどんと小さくなっていく。

吸い込まれるような瞳の色に陶器のような肌に白い肌。
それから鳥が歌うような、声。紅明様、と彼女の呼ぶ声が脳内で反響する。
血が繋がってるなんて思えない。まるで似てない。この体内に彼女と同じ血が流れてるなんて。あまりにも幼稚な嘘のように思えた。
ぶさいく、と呟いたのに特に意味はなかったしただ単語の一つを声に出しただけにすぎなかった。

これから彼女がどうするかはさておき既に結婚をしていて子供もいる、と聞いた。
十年と言うときはとても恐ろしく長いのだと改めて感じた。
もうあの幼い頃とは何もかも違っているのだと。
彼女の夫となった人はどんな人で、あの美しい彼女の血が流れる子供はどんな子なのかは少し気になった。

「変わらないでいらっしゃるのね」
しばらくは彼女と会う機会もなかったのだが書物でも読もうかと足を運んだ先に偶然彼女がいたわけだ。
真剣な表情で文字を追う姿は昔と変わってない気がしたのだがまさか彼女も同じようなことを考えているとは。
書物から視線を退けて相変わらず勤勉なのねと目を細めて笑う彼女が言葉を続ける。

「お兄様も勤勉でいらっしゃるけど、ふふ、お姉様に誘われては外に行っていらしたでしょう?流石に剣のお相手は周りに止められていたようですけど」
しばらく他愛ない会話をした後に彼女がそろそろ部屋へ戻ると言った。
久々に話せて嬉しかったと言うのは伝えていいものなのか迷ったから止めた。わざわざ言葉にして伝えてしまうのはよくないと、そう思ったから。

「紅明様、久々にお話できて嬉しかったです。またお時間ありましたら是非」
そういえば彼女は私のことを名前で、呼ぶ。

時々妹と偶然会っては他愛ない会話をする、ということ以外至って普段の日常だった。
相変わらず軍議は忙しいし鳩は可愛いし私は未だに自分の髪一つ結えないでいるわけだ。
そんな私の耳に入ったのは彼女が嫁いだ国の王政が倒れ、益々荒れていると。まだ幼い王子も王ともども殺された、と。
頭の中が真っ白になった後、それは彼女の息子が死んだということだと理解した。
しばらく彼女には会いたくない、と思ったのは何故だろうか。

落ち込んでいるのだろう。
悲しんでいるのだろう。
そんな彼女は見たくないと思った。
(うそ、だ)

大体こういうときにこそ嫌なことというのはおこるものだ。
彼女がいきそうな場所もろもろを疎遠にしていたにも関わらず私は彼女に出くわした。
たった一人きりで空を見上げ小さくため息をつく姿は人形か何かの様できっと誰も放ってはおけないだろうと。
とにかくとにかく美しかったわけだ。

やはり落ち込んでいるのだろうとそっと近づき声をかけ、いつもと同じく他愛ない会話をした後、慎重に言葉を選び慰めようと、したら、

「何故、私が悲しむのですか?」
笑ったままの彼女がそう、言ったわけだ。
笑顔のまま彼女が自分は子ができない身体で王子は側室の子を体裁の為に養子にとっただけ、で、

「この十年間、貴方のことを忘れた日はありませんでした」
その言葉がなにを意味するかわからないほどもう幼くはないのだ。

彼女はそっと私に近づき手を伸ばすと髪を撫でてきた。
私が抵抗らしい抵抗をしなかったからかするりと首に腕をまわしてきてそっと寄りかかってくる。
もう元には戻れないだろうしこんな時でも私はやっぱり彼女は美しいなどとぼんやりそう思っているのだから終わってる。

「紅明様、」
続く言葉を聞いてはいけない、と彼女の腕を振り払う。
美しい瞳を見開いて言葉も紡げないでいる彼女に私も何と言えば良いかわからなかった。
もしかしたら間違った行動をしたのではという思いに駆られながら何も言わないまま背を向けて走った。

彼女の声は聞こえなかったし動く素振りもなかった。
全部夢なのだろう、と、そう、思った。

「ふられちゃった」
「やだ、そんな顔しないで。いいの。わかってたから…」
「…心配してくれてるの?ありがとう。でも気にしないで」
「こんなことくらいじゃ諦めてなんてあげられないもの」