「シャハラ」
名前を呼んでくれたのが嬉しかった。覚えてくださっていて本当に嬉しかった。

「急に声をかけてごめんなさいね。もし時間があるならお茶でもしましょう」
誘ってくれて嬉しかった。認めてくれたのだと、拒絶しないのだと嬉しかった。

「皆言っているわ、慈悲深くて愛らしい天女のような人だと」
優しい言葉をくれたから。優しい人だと思ったから。
もし私が彼女と違って穢れた血を持っていても受け入れてくださると思った。
勝手にそう思い込んだ。

「ああ、いやだ」
そして勝手に傷ついて落ち込んでる。
わかってたのに。わかってたけど。わかってたくせに。

隠していれば大丈夫だよね、と同意を求めたが人形達は何も返してくれなかった。

「姫様、姫様、失礼してもよろしいでしょうか」
不意に呼びかける声で目が覚めた。
いつの間にか床に寝ころんで眠っていたらしい。
なんて醜態を、と素早く立ち上がり衣服についた汚れを払う。
返事をして要件を訪ねれば紅覇が訪ねてきてくれたらしい。
荒れた部屋の中を見せたくはないので伝えてくれた女官にお礼を言って下がるよう伝えた。
そしてそのまま部屋の扉を閉めて廊下に出ると紅覇がいた。

久々に彼の姿を見た気がする。
ぱっと表情を明るくして笑みを浮かべ私を呼ぶ彼の姿に心が温かくなる。

それからしばらくぶりだと彼と話した。他愛ない話をしていた。
それから過程はともかく先日の姉との一件を彼に話してしまった。
何だか愚痴のようだったかと話した事を後悔する。聞かなかったことにしてくれと言おうとした。

「何言ってんの。当然じゃんそんなの」
彼の一言を聞くまでは。

「どうして受け入れてくれると思ったの?理解してくれるとでも思ったの?」
頭の中が真っ白になったかと思えば誰かの言葉が木霊する。
色々な人の声で、それが全部私を否定するものだと気付く。

受け入れてくれるなんて、理解してもらえるなんて、思ってないよ。
思ってないけど。思ってないから。思ってないのに。期待、してしまったから。

「紅覇、は」
自分の声が震えていて鼻の奥がつんとする。
ああ、泣きそうなんだと気付いた。

「私が嫌い…?」
頬を落ちる生温かい液体が気持ち悪い。

期待しなければいいのに、期待するから。
勝手に傷ついて落ち込んだり恨めしいなんて思ったりするんだよ。
つくづく自分が身勝手で腹立たしく思うけど、それでも、やっぱり、受け入れてほしい。
私だけ一人だなんて不公平だ。寂しいなんて思う事さえおこがましいとでも言うのか。
生まれてきたことが間違いだったんだろうか。母は一体何を考えていたんだろう。私だって、生まれたくなんてなかったよ。

「嫌いじゃないよ。大好き」
先程までの言葉が嘘みたいに紅覇は笑みを浮かべて私にそう言った。
そっと抱きついてくると泣かないでと子どもをあやすみたいに言って頭を撫でてくる。

「生まれてこなければよかったなんて思わないでね。僕は姉上がいないと寂しいよ」
欲しかった言葉の羅列に思考が停止する。
ただ漠然と彼がいればいいのではないかと思えた。私には紅覇がいれば。彼だけいればそれでいいんじゃないかと。

(それからは誰も知らない)
愛してると縛り付けておくれ!