姉が魔法使いであると知ってから彼女と話す機会が増えた。
正確には彼女が言わないでくれ、と僕に頼んでからだ。
それから彼女の弱味を自分が握っていると理解したし、彼女もこちらに遠慮があるというか。
こうして傍にひっつき後ろを歩くことに対して強く何か言ったりはしなかった。ばらされては困るのだろうと思う。

と感じたことをそれとなく彼女に告げると驚いた顔をされた。

「もし、それで何か貴方に気を遣わせてしまっていたならごめんなさい、紅覇。違うのよ、ただこうやって貴方が声をかけてくれることが嬉しいの」
ほっと安堵の息をつく彼女がそう言った。
想像がうまくつかないけれど、彼女は魔法使いであることを気にしていて、それ故に他の姉妹にうまく声をかけられないんだろう。
そして片方が距離を置けば、人との距離はどんどんと広がるものだと思う。

魔法使いであることの何が気がかりなのか僕にはわからないけれど、もとより彼女を困らせるであろうことは言うつもりはなかった。
けど

「ごめんなさい、紅覇、今日はお姉様のところへ行くことになってるの。お声をかけていただいたのよ。とても嬉しいわ」
彼女は嬉しそうにそう言うと聞いてもいないのにそのお姉様をほめだした。
いかに美しく優しいかをひとしきり語った後、彼女はほうと感嘆の息をついて。

「本当に、本当に、嬉しかったの…」
小さくそう言ってた。
広い広い宮中でひっそりと誰ともなかよくせず暮らしてきてて
ああ、だからこそ、こえをかけてくれたそのお姉様に本当に感謝していて
理由はきちんとわかっているし納得もできるというのに
どうしても胸がじくじく膿んでいく。

だって、僕がいるのに。

――――――

「ああ、それは貴方があまりにも可愛くて声をかけるのをためらってるだけでしょう。皆言っているわ、慈悲深くて愛らしい天女のような人だと」
先をいく姉の口から思ってもみない言葉が飛び出した。
どこか私は人に一線をおかれていると思っていた。
私自身自分が魔導士だと知れてしまったらと怯える部分もあったが。
それにしたって一部の人達が私の事実とも知れぬ噂をしているのは知ってた。
誰かに意図して悪意を向けているつもりはないがやはり私の行動が誰かの枷になっているのでは、とそのようなことを呟いた。
それへの返答があの優しすぎるものだったわけだが。

「いえ、そんな私などとても…お姉様のようにお美しい人こそ他にはおりません。このように何事にも優れていらっしゃって多くに人に慕われて…本当に、本当に素晴らしいです」
私の言葉の後に彼女は笑って無理しなくていい、と言った。
どうもうまく言葉を紡げない自分の頭と口が憎らしい。
心からの言葉であるというのにきっと一分も伝わってない。

「ああ、いやだ」
不意に瞳を細め、立ち止まった姉が見据える先は見慣れない格好の人が数人いた。
ひっそりと声を潜め彼女が私に言う。

「彼らは魔術師だとかいうものでしょう。なんでも、おかしな力を使うと聞くわ。本当に気味が悪い」
私が一体どんな表情をしていたかは知らないが人の力の偉大さを語る姉は私を心配そうに見てたから余程酷い顔をしていたのだと思う。

だけど彼女が慈しむのは血の繋がった妹の私であって、
決して気味の悪い力を使う得たいの知れない生き物の魔導士ではないのだと教え込まれた気がして、
辛いものを感じると同時に紅覇は、紅覇だけは私が魔導士でも変わらず接してくれていると、気付いた。

いつか彼も私を軽蔑するんだろうか。
じくじくと胸が腐って落ちていく気がした。

理解は、している。

自分だけ、穢れた血が流れている。
お姉様やお兄様、妹達や、紅覇、とは違って。
私だけが。

たくさんの人がいるというのにどうしてか私だけ。
私だけだ。

「お前は離れて行かないでね」
魔導士だと知れたらどれほどの人が私を嫌うだろう。
嫌われるぐらいなら存在を認識されない方がましだ。
こうしてずっと一人きりで部屋にいて、私を嫌ったり失望なんてしない人形達とだけ過ごせていければいいのに。

自分の思考がぐにゃぐにゃと曲がっているのはちゃんと自覚している。

話しかけて抱きしめた人形達に顔を埋めて瞳を伏せる。
読み終えた書物達を片づける気分にはなれなかった。