白徳というのは前皇帝で、白龍の父親で、現皇帝の兄で、とにかく故人である。 使用人であろう人のその一言は決して悪ふざけという訳ではないだろう。 玉艶はたっぷりと間を置いてからすぐ行くと答えた。 私を訝しげに見る使用人には女官だと当然のように嘘をついていた。 「貴方の首飾りでしょうね」 歩いている途中、彼女がそう言った。 表情は崩さずに口だけ動かして、そう言った。 慌てる私に大丈夫よ、九連環を解けば戻れるでしょう、と彼女が言う。 そんな推測の域を出ない考えで大丈夫なのだろうかと思いつつも黙る。 私の首飾りに魔法がかかっていると当てたりこんな状況でも落ち着いてみせたり。 一体彼女は何者なんだろうか。 「(人、じゃないのかな)」 じっと美しい横顔を見上げていたけれど彼女は何も反応を示さなかった。 胸が詰まるような思いをした。 白徳陛下は最愛の妻の姿を見つけると嬉しそうに笑みを浮かべていた。 そして談笑していると彼らの子供が現れた。 幼い白龍は兄に手を引かれていて母親の、玉艶を見ては母上と呼んで抱きついていた。 家族六人が笑いあって会話するのを私はガラスの向こうからみているようだった。 これは、過去だ。かつてあった過去だ。 昔のことで、今ではなくて、決してあり得なくて。 「さて、シャハラ。そろそろ戻りましょうか」 するりと彼女が私の肩を抱いたことで意識が戻ってきた。 すぐに反応できずにあ、と声が漏れる。 「…シャハラ、母上の事を頼む」 心配そうに私に声をかけたのは白雄、だったと思う。 あまりぼんやりしないようにと白蓮、が笑っていた、気がする。 なんて返したかは覚えていない。 「…あの人、死ぬんだよね」 歴史の本を開けば血の繋がった家族同士の殺し合いなんてありふれている。 兄弟だろうが親子だろうが邪魔になったなら、なんて。 ありふれているから、大したことのないように思えた。 「そうね」 だけど、違う。 腹を痛めて産んだ子だ。一人では生きていけない赤ん坊を自分を気にかけてくれるまで育てて。 名前を付けて歌を歌って本を読んで学ばせ手を繋いで抱いてやって。 自分から作られた命だ。それを、殺す、なんて。失う、なんて。 「…どうして、殺したの?」 言葉が返ってくることが恐ろしかった。 目の前にいる美しい女性は人間ではないとすら思えた。 自分の子供を、殺す、なんて。 「どうして、かしらね」 私の前を歩く彼女の顔は見えなかった。 けれどあまりにもその声が寂しげで、この人は母親なのだろうと思った。 人間ではないかもしれない。けれど子を、腹を痛めて産んだ母親なのだろう、と思った。 彼女の推測通り、知恵の輪もとい九連環を解くと元の世界に戻った。 それでも私のは気は晴れず、もやもやとしたものが胸を満たした。 「私の言った通りだったでしょう」 |