「一体何の、誰の戦いよ。私を巻き込まないで」
相手がゆっくりと首を横に振った。
そして真剣な表情をして私を見る。
近い。距離が近い。

「そうじゃない。俺がお前を傍に、」
聞きたくないと思った。
ああ、何でだろう。
最初からそう言ってくれればよかったのに。
そしたら家族と、貴方と、故郷と、煌を離れなくてすんだのに。

ずるい。
白瑛が。紅玉が。

「遅いわ。10年、せめて5年早かったなら」
相手の言葉を遮ってまで口にしたのは思ったより情けない言葉だった。
だけど、声だけはいつもよりずっと張って凛と響いた。

「まだ、」
「貴方はいつか皇帝になるのよ紅炎」
次に口を開いた時には先程までの戸惑いだとかそんなものは一切なくなった。
ひどく落ち着いたような気持ちで続ける。

私が男であったならと思った。
私があの子であればと。

だけど私は第二皇女のシャハラだ。
今まで変わらなかったしきっとこれからも。

本当に哀れむべきは私ではなく戦火に身を投げる彼らだろう。
私はそれを高い位置で見ているだけなのだから。

「すぐじゃないかもしれないわ。でも、きっと、いつか必ず。前を向きなさい。余所見をしないで」
一瞬、彼は私と同じ赤い瞳を見開いて、それから薄く笑った。
諦めにも似たような笑い声をあげてから私の頭をわしわしと撫でた。

「ああ、本当に惜しい女を逃がしたと思ってる。心から」
勿体無いお言葉ですわ兄王様、だなんてふざけて言えば彼も笑った。
ああ、良い気分だ。ちょっと晴れやかだ。
ところで、と嬉々とした表情で彼が口を開いた。

「お前は一体誰の為にそこまで?父上は死んだだろう?」
俺の為か、と聞く彼に否定するよう首を振ってやる。
少しだけ残念そうな表情になるも口もとの笑みは変わらない。

「誰、って自分以外の誰がいるというの」
当然のように胸を張って言ってやる。
相手を真っ直ぐと見据えて視線をそらさずに。

「強いていうなれば生まれ育ったこの地、最愛の故郷である煌の為よ。それ以外に何があるというの」
私の返答に満足そうにしてから紅炎は私の頭を撫でてくるりと方向を返させた。
そしてとん、と優しく背中を押してから彼らしくない声音で言う。

「わかった。実にお前らしい。疲れただろう、おやすみ。ゆっくり休め」
おやすみと声を返してそれからは振り返ることなく自室へと戻った。

臓物を抱える
(お腹が空いた)