※異世界トリップ


生きることの難しい人がいる。
何をやっても上手くいかなくて涙する人が。
どうしようもなくなって挫折する人が。
道を外れて泥水を啜って生きていく人が。

そしてその逆もいる訳で。
それが私なんだろうと思うこの頃。

「桃ってどうして人の尻に似てるんだろう」
桃の柔らかな皮に薄い刃を滑らせる。
綺麗な皮を綺麗に剥がすとこれまた綺麗な実が出てきた。

「いや、違うかな。人の尻が桃に似たのかもしれない」
そう言いながら剥き終えたばかりの果実を口にする。美味しい。
手についた汁を拭うように持ってきた布巾に触れる。

不愉快そうな顔をするのは私がさっきから話しかけている人だ。
名前は練白龍と言って今の私の主に当たる訳だが。

「何がそんな気に入らないの」
「お前が口にする内容以外に何があるっていうんだ」
「そうかっかしないでよ。桃あげるから」
「食いかけをむけるな汚い」
「どういう意味だ。私が食った後が嫌かこら」

とても失礼なことをほざく彼から気をそらそうと食べかけの桃を全て口に放り込む。
やっぱり美味しいと噛みついて飲み込む。

練白龍という人物を説明するには少しばかり言葉が必要になるが。
あえて簡潔に述べるならば東の国、煌帝国の第四皇子にあたる。
まぁ、それが前皇帝の三男で、今は不遇の皇子で可哀想だとか付け足すべき言葉はたくさんあるが。
簡潔に述べるならこれで終わりだ。

そして私について説明するにはこれまた少しばかり言葉が必要となる訳だが。
あえて簡潔に述べてみせよう。自分の事は自分がよくわかっている訳だから。

「さっさと部屋に戻ったらどうだ」
「さっきから邪険に扱いすぎだと思う」
いよいよ本気で傷つきそうになる私のハートに落ち着くよう言い聞かせながら白龍を見やる。
そうじゃなくて、と否定の言葉を告げる彼の続く言葉を待っていると

「疲れているだろう。昨日は助かった。ありがとう。だから休め」
思ってたよりも優しい言葉が続いたものだから素直に私は部屋に戻ることにした。

そう、私の事を簡潔に紹介するのであれば、彼の従者であり、彼をこれ以上ないくらい、慈しんでいると言おうか。