「恥ずかしいとは思わないの。寄ってたかって女の子を囲んで」 多分そんな事を言った気がする。 以前も見かけたような光景を目にして近寄ってみれば案の定。 彼女を囲んで何やら嫌な雰囲気を醸し出していた。 以前と同じく彼女を庇うように間に入ってやれば脅しで使われていたであろう刃物が皮膚を裂いた。 意識的にではなかったのだろう。顔をさっと青くして悲鳴を上げたかと思えば蜘蛛の子を散らすように去って行った。 別に悪意があった訳ではないだろうし文句を言うのは筋違いだろうと痛む頬を抑えた。 深くは無いようだけれど血が止まらないしとても痛い。 部屋にでも戻って従者に手当てでも頼もうかと考えるがそれは小さな手によって阻まれた。 「…何をしているの」 座りこんだ彼女は信じられないと言った表情で私を見上げている。 しっかりと着物の裾を掴まれていて振りほどけない。 「ありがとう、って言われたいの。それともごめんなさい?優位に立つ為の自己満足かしら」 震える小さな手と今にも泣き出しそうな表情にこちらが悲しくなった。 前言撤回しよう。どうやら私は人を気にかけるだけの余裕は持っているらしい。 「自分は良い人間で、他の人は悪い奴らだと?聖人君子だと思い込みたいだけなの?」 よく喋る。 思えば彼女は私によく話していた。 どこかで抑えられていた水が栓を切って流れ出すように。 「私だって良い子でいたかったよ。だけど、国が負けちゃったんだもん。10も上の人に嫁ぐなんて嫌だった。おじさんじゃん。話が合う訳ないじゃない。国にいたかったよ」 とうとう泣きだした彼女は必死に仕方ない、仕方ない、と言葉を続ける。 「仕方ないじゃない。行きたくなかった。父様と母様の傍にいたかったよ。だけど、行ってくれ、ごめん、本当は離れたくない、ごめんね、って。どうしようもないじゃん」 泣きじゃくる彼女を前にしゃがみ込み、血で汚れていない手で頭を撫でてやる。 くしゃりと顔を歪めて泣きじゃくる彼女は帰りたい帰りたいと途切れがちに言ってた。 不安、だっただろうな。一人で知らない国に来て知らない人に嫁ぐんだもの。 自分よりもずっと幼い彼女は気高く美しい王女なんかじゃなくてただの少女だとようやく理解できた。 「こ、えんさまなんて…っきらい!はなし合わないし、なに言ってるんだかわかんないしぃ、人のはなしきいてないもん…へんなひげはやしてさぁ、おじさんじゃん…!なにがいいんだよぉ…」 散々泣いて喚いた後、彼女は私にもたれかかって眠った。 よく廊下で座り込んだ体勢で眠れるものだと感心する反面私はどうすればいいのだろうか。 彼女が目を覚まして落ち着いていたらもっときちんと色々な事を話したいと思うのだけど今は起こしたくない。 寝かせてあげたいのだけど廊下でしゃがみ込んだ格好のまま彼女にもたれかかられてるのはきつい。 かと言って彼女を背負って運ぶだけの力は私にはない。一体どうすればいいんだろう。 頭を悩ませるだけ悩ませて一つも身動きしない私から彼女が離れた。 すやすやと深い眠りについている彼女をいとも簡単に抱きあげて呆れた顔をしているのは紅炎様だった。 随分久しぶりに顔を見た気がしてならない。 まともに視線を上げる事が出来ないままゆっくりと立ち上がる。 なんと声をかけていいのか分からずに黙ったまま俯いて立つ。 とても間抜けだとわかっていながらもやっぱり口は開けなかった。 「シャハラ」 不意に名前を呼ばれる。 かろうじてはい、と返事は出来たものの俯いたままだった。 失礼だとはわかっているがどうしても顔をあげられない。 怒っているだろうか。もう嫌われてしまってるだろうか。どうだろう。 するりと頬を撫でられて熱が籠るのがわかった。 きっととても情けない顔をしているんだろうと思いながらそっと顔を上げる。 笑みを浮かべる彼を前にやっぱりなんと声をかけていいかわからない。 視線も既に落とした。再び黙って俯いてしまう。 歩き出した彼においでと促されるまま黙ってついていった。 |