私の義理の姉はどうやら明日嫁ぐらしい。
というのに不謹慎にも彼女の実の兄であり私の義理の兄にあたる第一皇子の部屋から出てきた。

(あら、)
不躾というか邪推してしまうというか。
いくら血の繋がった兄妹と言えど婚前のいい年した男女が二人きりにだなんて。
一体何をしたのやら。そんな事を考えてしまう自分が一番汚らわしいと思う。

「ごきげんようシャハラ。今日は一体どちらへ?」
あからさまに表情を歪めた彼女は私が声をかけたにも関わらず何にもなかったかのように振舞う。
無言で私の傍を横切ろうとするものだから思わずその細い腕を掴んだ。
かっと顔を赤くして触らないでと声を荒げた彼女に手を振り払われる。
どうも先の一件から彼女の私嫌いに拍車がかかっているようだ。怯えているというのも間違ってない。
顔を真っ赤にした彼女が泣きそうな顔で私を睨むその様子が何だか楽しくて笑みを浮かべる。
彼女のなだらかな頬を押さえつけて触れるだけの口付けをしてやれば握られたこぶしが振り上げられた。
それがぶつかる前に体を離して改めて相手を見やればぼろぼろと涙をこぼしている。

「助けてって縋りに行ったらいいじゃない。一晩語り明かした男の所にでも」
からかうように告げれば泣いている彼女がこちらにつかみかかってきた。
握られたこぶしがどんと私の胸に当てられる。それから口を開いて何を言うかと思えば。

「私はね、あの男が嫌いなの!」
そんな告白だった。
思わず呆けた顔を返せば彼女はこちらを睨んだまま続ける。

「向こう見ずで、省みずで、自分は何も関係ありませんって顔で、似合ってもないひげ生やしてるし、」
私が黙っていると彼女のそのいつもの知性を感じさせない言葉はいつまでも続いた。
本当に意味をわかって使っているのかしらなんて疑問を感じた頃にようやく彼女は静かになる。
あれが第一皇子だなんて、大嫌いという言葉を最後に。

なんと感じるのが正解なのかはわからないが私はどうも不愉快だった。
彼女の関心を惹くものがこんなに身近にあるだなんて。それも私と同じく嫌いという理由で。
彼はシャハラをどう思ってるんだろうか。私は彼女が大好きなのに。好きなのに。

いつまでも黙っている私にいつの間にか泣き止んでいたシャハラ。
不意に口を開いた彼女はいつもと同じ余裕のある笑顔を浮かべてた。
それから私に向かって貴方の事も大嫌いよ白瑛と。
名前を呼ばれたところに感動していれば彼女の腕が伸ばされ胸倉を掴まれた。
それから強引に口付けられようやく胸倉は離される。
まるで汚いものにでも触れたみたいに眉をひそめた彼女が口元を拭う。
何が起きたのかと思考が追いつかない私に再び笑顔の彼女が言った。

「口付けくらいで泣くような女じゃないのよ」
私はもっと貴方の屈辱に歪む顔が見たいのに。