理由がわからない。

「おじさんえっちしよー」
ぱぁっと表情を明るくすると駆け寄ってきた彼は躊躇うことなく俺に抱きついてきた。
止めろ、止めて、お止めください。その他もろもろ意味のない言葉を紡ぐ。
何故かはわからないけれど煌の第三皇子練紅覇は俺になついている。
彼の誘いに乗るどころか答えもしないのだから首を切られたっておかしくはない。
ないが、彼は特に気にした素振りもなく次の話題をと俺を見上げて首を傾げる。

「おじさん、今日の予定はぁ?」
抱き付いたままこちらを見上げてくると甘えたような声でそうきいてきた。
特に何も予定なんかないがこいつにつきまとって欲しくはない。
嬉しそうにこちらを見つめる彼を強引に引き剥がし距離を取ると頭を下げた。

「紅覇様、私は用事がありますので失礼させていただきますね」
らしくない口調を無理に使うのはそれだけ彼と距離を置きたいからだ。
口実に使った自分の主である女性のもとへ行こうと思ったのは一応紅覇相手に言ってしまった手前だった。
だから先回りされてにっこりと微笑まれ用事なくなったね、なんて言われた日には。
主は悪くないとわかってはいても恨めしく思ってしまうのは仕方ないだろう。

「なにしよっかぁ」
何もしない旨を伝えるが普通に聞き入れてもらえない。
そうか、無視か。おじさんを無視か。好き好き言いながら肝心な部分は無視か。
大体どうしてこうも彼は俺に構うんだ。放っておいてくれ。眠っていたいんだから。

「おじさん、疲れてるの?」
寝たいの、なんて言うくせに俺を解放する気はないらしい。
べったりと俺にくっついて離れてくれない。
ああ、これが年の近い美しい女性ならばもっと自分の態度も変わっただろう。
最も今の自分はそんな気はおこらないんだが。

自分よりずっと幼い、同性で皇族が相手じゃ友人にすらなれない。思えない。
(なんで、俺なんだろう)
相手の頭を撫でてやると嬉しそうに寄ってきて少しだけ可愛かった。

「僕ね、おじさんが大好きなんだよぉ」
はいはいと相手の愛の告白を受け流す。
彼を引っ付けたまま廊下を歩く。

「おじさん、えっちしよー」
俺の主は裏表なく素直で正直でそこは利点であると思う。
しかし素直な事が良いことかどうかはまた別だろう。
特に彼の場合は。

「しません」
「じゃあ、触らせてよ」
「何をだ」
「言わせたいの?僕の口から聞きたいの?」
「何をだ」
「おじさんのえっち!」
「何がだ」

むぅ、と不服そうにした表情はまるで幼い少女のようで愛らしかった。
おっぱいと呟いた時点でその愛らしさは何処か遥か彼方海の底に沈んでしまったに違いないが。
ありませんと答えれば抱きついている彼の力が更に強まる。
力で敵わない訳ではないし引っぺがして走って逃げればこちらの勝ちだ。
しかし立場上というか主の事を考えたらそんな事をする気にもなれず。

「じゃあおひげ舐めさせてー」
訳の分からない代案を彼が口にする。
お願い、いいでしょ、なんて続いて。
いいだろう、髭を舐めなさい、なんて言う奴がいるなら是非見てみたいものだ。

「髭は舐めるもんじゃない」
しっしっと相手を手で追い払う。
大体自分に生えてる髭は別に生やしている訳ではなくて放っておいた結果だ。無精なのだ。
先ほどよりも一段と不機嫌そうにすると小さな白い手が俺の頬を掴んだ。
突き飛ばしてやろうかとも考えたがぐっとこらえる。
じっと大きな瞳がこちらを向いていた。

ちぅ。

顎の辺りに口づけるというよりは吸いついてから彼は離れた。
してやったりという表情で満足そうに俺の頬を放して離れる。
そしていい子いい子と頭を撫でるとご機嫌な様子でその場を去った。

彼が俺を気に入っている理由がわからない。
意味もわからないし訳がわからない。
とりあえずお腹が空いたのでそろそろ戻ろうか。