自分は割と恵まれた人間なのだと思う。 元々の性格もあるのか不満も抱いた事がない。 満足していたし誰を恨んだ事もなくて。 秀でた事もないが劣る事も特になくて。 むしろ誰かと比べるという事が難しくて面倒でしなかった。 だから恵まれた立場で気難しい事を背負わず今まで楽に生きてきたんだろう。 姉が嫁ぐ際に私を抱きしめて言った。 貴方は幸せになって、と。 遠い異国、まだ気を許せない地に嫁ぐ姉は言葉にしなかったけれど不安だったんだろう。 そして血の繋がらないにせよ年の近い義理の妹である私のことを気にかけてくださったんだろうと思う。 その後、少ししてから私も嫁ぐことが決まった。 豊かな国でそこそこ力もあり、煌に従順な場所だ。 姉の心配を余所に私は何も面倒な事のない国へと嫁いだ。そして年の近い若い顔形の整った誠実で優しい男と結婚をした。 他の家族と比べて私だけこんな恵まれた立場にいていいものかと思ったりもしたが基本的には幸せに浸っていた。気が楽だった。 だけど、少ししてからちょっとした問題に立ち会う。 私はどうやら子供が出来ない体質らしい。 王となる男は私を心配してくれていた。だが心配されてどうなる問題ではなく。 違う女が産んだ男の赤子を私の子として、王子として育てることになった。特に不満はなかった。 私の正妻としての立場は揺るがないし、この国が煌に従順であるのも変わらない。 私の体質というのは特に大した問題ではなかった。 ただ私は皇女として、女として、人として劣っているのだろうか、と思うことはあった。 けれどやはり元々の能天気な性格というか、気難しくないというか。あまり気に病む事はなかった。 大きな問題はそれよりも後にきた。 父上が亡くなったらしい。急ぎ準備をして国を離れた。遠くない国だったから煌についたのは周りよりも早かった。 久しぶりに会った姉や妹達と嫁ぎ先の話やら何やらで盛り上がる。 一人輪から外れていた紅玉に声をかけると素直に嬉しそうな表情をするものだからこちらも頬が緩んだ。 彼女も嫁ぐ筈だった国で色々と問題があって大変だったらしい。噂には聞いていたが詳細はまるで違っていた。 女性で皇女あるのに迷宮を攻略したという話も本当だったらしい。彼女は誇らしげに話していた。 楽しい時間は本当に短くてその後間もなくして父上とのお別れをした。 「情けないわ」 姉が横でそう言った。 真っ直ぐと前を見つめて独り言のように。 その横で私は身を縮める。 確かに私の姿は情けなかった。 皇帝である父との思い出は少なく感傷に浸るには至らなかった。それなのに泣いてしまった。 あまりにも姿が変わった父に衝撃を受けて恐怖からだ。なんて親不孝な娘だろうか。 情けないと呆れた様子で口にする姉は泣かなかった。色々と複雑ではあったのだろうけど。 「…それにしても」 気にしたって仕方ない、と顔を上げて口を開いた。 姉がちらりと私を見ると続きの言葉を待っているようだった。 「次の皇帝には兄王様が…紅炎殿がなると思っていたから、驚きました」 口にして良いものかと少しは考えたが誰が誰に告げ口をするだろうか。 そう思って躊躇う素振りを見せずにそう言った。姉が同意する。 「でも、誰がなっても同じよ。そんなものだわ。きっと」 姉は迷いがないと思う。 本当にそれが正しいかどうはさておき。 善悪もはっきりとしていて自分の事を疑わず迷わない。 私はどうだろう。よくわからない。でも嫌いじゃない。 姉と私は違う人間だ。比べても仕方ない。 それに私は私が嫌いではないからそれでいいか。 姉とはその後少しだけ話してお茶をしてから別れた。 お互い長旅の後で疲れたから早めに休もうと。 夕食もそこそこに自室の寝台に横たわるとすぐに眠ってしまった。時刻は早かっただろう。 だからだ。こんな夜中に目が覚めてしまったのは。 どう頑張ってももう寝つけず寝台から降りると部屋を出た。廊下に出ると月が見えた為にぼんやりとそれを眺めた。 そして改めてここは自分の故郷であるのを実感しつつ力を抜いた。 昔から難しい事からは離れて生きてきたんだと思う。それを誰も咎めなかった。私も気にしなかった。 本来ならばもっと自分のことに頭を悩ませてもいいだろう。子供が産めない女なんて。何の存在価値があるんだ。 だけど、私の立場から言うと納得できる地位にいる訳で不満も特にない。周りはさておきだ。 だから、別にいいか、なんて安易な答えに落ち着いてしまうんだ。 これではよくない。いや、別にいいか。悪い事なんて何もないだろう。 思考が一段落して体を冷やす前に再び部屋へと戻ろうとしたところで動きを止めた。 こんな夜中に廊下に第二皇子、兄王の紅明殿の姿を目にしたからだ。 頭を下げて挨拶をする。あちらも丁寧に返してくれた。 それにしたってどうしてこんな夜中にこんな所にいるんだろうか。 私も人の事言えたようなものではないが。 「眠れなくて。お昼寝をしたせいですね」 どちらともなく近づいてどちらともなく口を開いた。 何故ここに、という私の理由はとてもくだらないと思う。 お久しぶりですお元気でしたかという決まり切った挨拶はもう済ませた後だ。 どういった経緯だかもう忘れた。 口にすべきではなかった。口にしても何も変わらない。 わかっていたのに私はやはり特に考えもせず言ってしまった。 「私、どうやら子が出来ない体のようなんです」 多分、あちらが噂か何か聞いたであろう私の子供について尋ねたからだ。 だからあれは私の子供ではないと、子が産めないと言ってしまったんだろう。 言ったってどうにもならない。言うべき事ではなかったし言おうと思ったつもりもないのに。 なんだかなぁ、と思ってしまう。 改めて兄妹と言えど男である、それに皇子である相手にこんな事を言うなんて。 自分が如何に女として、それに皇女として価値がないのか暴露してるみたいで嫌だ。 考えが浅いのは、他の人に劣る私の欠点かもしれないな。そう思った。 「そんな…気にすることじゃありませんよ!上手くいってるんでしょう?」 私の言葉に紅明殿が慌ててそう言った。 焦らせてしまったのが申し訳ない気がする。そんなつもりで言ったんじゃないのに。 とりあえずありがとうとでもお礼の言葉を口にしようと開いたところで再び彼が言う。 「子が出来ないのであれば男の欲求には答えられるでしょうし」 しばらく間が空いた。 その後に彼はさっと顔を青くして私から視線を逸らすと小さく謝った。 多分どうにか私を慰めようと焦っていたせいであろう言葉にしばらく声が出なかった。 何か言おうと口を開けば思わず笑い声が出てしまった。 ああ、だって、彼がこんな事を言うなんて。 素直というか正直というか、なんて言うのか知らないけど。 「大丈夫です。気にしていません」 笑いながら私は改めて恵まれた立場だと実感していた。 |