人魚を捕まえた。
てっきり人面魚みたいな気持ち悪いものかと思っていたら違った。

美しい女性の上半身と魚の体。
人魚って言う名前が正確だと改めて思う様な姿だった。
彼女は喋れるようで強引に連れてきた訳ではなくお互い納得した上で。
名前が無いというのでやっぱりシャハラと呼ぶことにした。
それを伝えると一瞬大きな目を丸くしてきょとんとしたがすぐに微笑んでお礼を言った。
初めて喋れるシャハラだ。可愛い。

「よろしくね紅覇」
彼女が嬉しそうに笑ったまま手を差し出してきたから握手をする。
彼女の青白いと言った方が良い肌は思った通りとても冷たかった。
上半身が裸なのは流石に駄目かと服を用意させた。彼女からしてみれば何でそんな物を、という感じだったけれど素直に着た。
水を離れてもしばらくは大丈夫だそうだけれどいつまでもとはいかないらしい。
だから、大きめの水槽を用意して水を入れて彼女にあげた。
もっと何か欲しくなればいつでも言ってくれて構わないと伝える。ありがとう、と抱きついた彼女の体はやっぱり冷たい。

彼女は頭が良くて色んな話をしてくれた。
生きてきた場所が違うからというのもあるけれど驚く事ばかりでとても楽しかった。
シャハラと話しているのは楽しい。とても楽しい。
一番興味深かったのは彼女の故郷に伝わる伝承話だった。

昔、人と恋をした人魚が人間になって陸に上がり二人はいつまでも仲良く暮らしたというお話。
魔法か何かの類だろうかと話せば彼女はくすくすと笑ってそうね、きっと恋の魔法だわ、と言ってた。
ふと浮かんだ疑問をからかうように伝える。
それでちゃんと子供が産めるのだろうか、と。彼女は真っ赤になるとちょっとだけ拗ねたように声をあげた。
それからちゃぷんと水の中に沈んでしまった。随分と長い間沈んでいてよく息が続く、やっぱり体が違うのかと思った時にようやく出てきた。
紅覇はおませさんねと言って僕の額を指ではじいた。
人の顔によくも、と思いながら見ると悪戯っぽく笑っていて、それが可愛かったから怒らないであげた。

また別の日に彼女に人間になりたいかと聞いた。
返事はすぐに返ってくる。なれるならなりたい、と。

「以前話したお話があるでしょう。女の子はきっと大好きな彼に会いたい、会ってお話して隣を歩けたなら、と思ったでしょうね」
彼女の伝えたい事がよくわからず首を傾げると笑われた。そして頭を優しく撫でられる。
こっちを真っ直ぐ見つめたままのシャハラが口を開いた。

「紅覇にはいつか素敵な人が現れるんでしょうね」
その時私はどうしているかしら、と彼女は続けた。
素直によくわからないと呟けば何でもないから気にしないでと言われる。
寂しそうに笑う顔もとても綺麗で可愛かった。

そうか、彼女は人間になりたいのか。足が欲しいのか。
地を踏んで先へと歩める二本の足が。

どうなるかという好奇心は確かにあった。
だから彼女の為という大義は多分果たさないんだろうなぁ、と思う。
だって人魚は人魚だ。人間じゃなくて魚の一種か何かだろう。

不安げに大きな瞳が揺れる。戸惑いながら彼女が僕の名前を呼んでた。
床に押さえつけるように馬乗りになると彼女の冷たい青白い細い指が僕の足に遠慮がちに触れていた。
銀色に輝く刃物の切っ先を人間で言う足の部分、彼女の魚の部分に当てる。
目を見開いて息を詰まらせた彼女が言う。止めて、紅覇。
鱗を突き破ってずぶずぶと刃の先が沈んだ。

彼女がらしくない悲鳴を上げて遠慮がちに僕の足に触れていた指がぎりぎりと爪を立てた。
その爪が深く刺さって思ったよりも痛くて思わず刃物を一気に強く肉に押し込んでしまう。
赤い血が溢れて悲鳴が大きくなる。耳障りだと思いながらふと鱗が気になった。
指でそっとなぞるよう触れてから剥がすように引っかくと彼女の薄い皮膚も破ったようで血がついて手が汚れた。
何となく不愉快で顔をしかめてしまう。

だけど、本来のすべきことは続けなくては。
人間の女で言う性器があるであろう足の付け根辺りの部分に刃を入れてそろそろと下へと裂いていく。
大きな瞳をあまりにも見開くから目玉が零れおちそうだった。ぼろぼろと涙が床に零れおちる。
そんなに泣いたら干からびて死んじゃうんじゃないかと心配しながらも手は止めない。
うわ言のように彼女がどうして、何で、と繰り返した。
答えたって聞こえないんじゃないかと思いながらも口を開いた。

「だって、足を欲しがってたじゃないか」
まずはこの魚の尻尾の部分を二つに裂いて、きちんと片足にそれぞれ指もつけてあげる。
最初は歩くのが難しいだろうから教えてあげるし練習も付き合ってあげる。
出血が酷くなってきてこのまま死んでしまうかもしれない、と心配になった時彼女が大きく声をあげた。
痛みに耐えられなかったのか刃物を殴り飛ばすように腕を振った。
僕も油断していて思わず刃物を手から離してしまった。

「あ」
支えを失った刃がごとんと音を立てて落ちる。
床に丁度彼女の裂き始めていた足の一部を切り落とすように。
肉片と血をつけて刃物は床に倒れた。
彼女の絶叫が耳に付く。がくがくと震えて自分の手を噛み千切るように口にしてた。
頭を掻き毟って色素の薄い長い髪の生え際が赤くなってるのがわかった。
暴れるからいけないんだよと優しく諭すがもう聞こえていないようだった。
もう一度人間のように足を作ってあげるには難しいほどに肉はえぐられてた。
それどころかきっと放っておいたら出血多量で死んじゃうんだろうな。
さてどうしようかと考えていたところで女官に食事だと呼ばれてしまった。
そう言えばお腹が空いていたし返事をしてから血まみれの彼女から離れた。

人魚というくらいだから半分は本当に人間で。
もう半分は魚なんだろうか。
だとしたら魚の部位は食べれるのだろうか。
美味しいんだろうか。内臓はどうだろう。

試してもいいかもしれないと考えながら食事を取った。
それともっと頑丈なものが欲しいと思った。
ちゃんと僕に最後まで大人しく従って遊べるような。

(口がきけないのとか)
(一回や二回で死んでしまわないやつとか)