人には。
聞かれたくないことがあるだろう。隠しておきたいことがあるだろう。

自分から話さないのなら。それは聞かれたくないことかもしれない。
だから問いかけるなんてことはしないでおく。
心配してた、気にしてた、なんて。そんな事をわざわざ言うのは恩着せがましい。
だから何も言わないで笑っていた。

怒ったら相手だって気分がよくないだろう。喧嘩なんかに発展したって困る。
泣いたら相手が気にするかもしれない。人前で泣く意味なんてないじゃないか。
笑ってなさい。何があっても。

困ったなんて言っちゃいけません。悲しい事を悟られてはいけません。辛いだなんてわざわざ言葉にしないの。苦しいと伝えたってどうしようもないでしょう。不愉快に感じるのは私が悪いの。そうよ、そうだよ、全部自分が悪いんだから。
何があっても、笑ってなさい。

一人で泣くのは昔からで。
幼い時は誰か気付いてくれないかとも思ったけれど。
気付かれたところで何があるわけでもないから。
一人で、泣いている。

彼を心配していると関係ない、と言われた。
ずっと一緒にいたのに関係ないと、そんなたったの一言でばっさりと切られた。
でも、私が勝手に心配したのだ。そんな態度をとった私が悪い。
むしろ気にさせてしまった私が悪い。私だけが悪い。私しか悪くない。
彼は悪くない。何も悪くない。微塵も悪くないのに。
悲しくなる私だけが悪いのに。あんな風に言わなくても、と思ってしまう私が悪いのに。

「一人で泣くくらい許してくれたっていいのにね」
涙を拭って立ち上がり、クナイを手にすると敵も同じように敵意を向けてきた。
人の死を見て震えてたこともあったはずなのに。いつの間にかこんなに歪んでしまった。

「(―…このまま、)」
このまま。
死んでしまおうか。
死んでやろうか!
こんな世界見限って、一人で寂しく死んでしまうのも素敵じゃないか!

死んだら、彼だって、私の死体を見て少しくらい気にかけてくれるかもしれない。
気にかけてくれなくても、もう私は死んでるんだから、何を気にすることもない。
こんな素敵な事が、他にあるだろうか?

人を好きになるのは。
とても素敵なことだと思う。
世界から愛が無くなってしまったら人は生きていけないだろう。
だけど、見返りを求めるのは愚かなことだ。
私が彼を愛したからといって愛してくれなんて貪欲にも程がある。
静かに黙って誰にも気づかれないよう生きていけたら、いいのに。
死んでやろう、なんて当てつけは子供みたい。
だけど、このくらい、最後に許されたっていいじゃないか。

どこからか血が流れるのを感じて、敵が目前に迫ってくるのを確認して、静かに、静かに目を伏せた。

ばさばさと聞きおぼえのある音と悲鳴が聞こえて目を開けた。
敵の死体が地面につくのを横目に助けに来てくれた人物へと視線を向ける。
お礼の言葉は詰まっていた。それを気にすることもなく、彼女は微笑む。

「イタチじゃなくて、ごめんなさい」
首を横に振って、助けてくれてありがとう、と声を出した。
小南はおもむろに地面へと座った。私にも座るよう促すので従う。

「喧嘩したの?」
敵の死体が白い紙に包まれて視界から消えていくのをぼんやりと見ながら曖昧な返事をした。
喧嘩じゃないの、私が悪いの。勝手なことをした私が悪いの。もし彼がそれを気にしてくれてたなら、本当に、申し訳ないと思ってる、と。
確かな本音ではあるけど、じわりじわりと視界が歪む。胸が痛くなってきた。

「でも、心配なの。好きなの」
勝手なことを言っている自覚はあった。人前で泣くだなんて、なんてみっともないんだろう。
彼女を困らせたい訳ではないのに。かっこわるい。ずるずると鼻を啜って目元を拭う。
彼女の手が私の肩を抱いた。そして、優しい声で私の名前を呼ぶ。

「言えばいいのに。言わないと、気付かないわ。男なんてそんなものでしょう。馬鹿なんだから」
目のふちにたまっていた涙が流れる。
小南は笑っていて、私も何だか馬鹿らしくなって笑えてきた。

「さぁ、元気が出たなら帰ってご飯にしましょう。ステーキにでもしましょうか」
「ん、イタチが嫌いなやつだよ」
「いいのよ、これくらい。飛段は喜ぶでしょうけどね」
「そうだね、久しぶりにお肉食べたいね」

(彼が心配してたことは秘密にしておきましょう)