※色々とやかましい。 どこからか情報が漏れていたのだろうか。 任務を呆気なく終えてさぁ帰りましょ、となったときだった。 待ち伏せしていたらしい連中に襲われたのは。 そこそこ腕が立つ連中ではあったがやられるはずもなく一人また一人と殺していたのだが人数は多かった。 疲れてきたなぁ、と思いながらふとサソリさんの方をみればヒルコが襲われているところだった。 ぶぶぶ、と音を立てる黒い塊…虫だろうか。気持ち悪い。 とにかくその虫の集団に襲われたヒルコはぎぎ、と歪な音を立てて動きを止めた。 やられてやんの。何が芸術だ、と心の中で毒づきながらまた一人殺しておいた。 そしてサソリさんはヒルコの中から飛び出した。 相当苦戦しているのではないか、なんてことを考えながらまた一人殺しておいた。少しだけ疲れた。 「…サソリ?」 虫を操っていたその女こそ、この集団の頭なのだろう。 私より一回りは年上であろうその女が彼の名を呟いたのは、しっかりとみていた。 「レナ」 私を呼んだ彼は有無を言わさない態度で一度退くよう促す。 確かに一度退いた方がいいかもしれないが、それは相手方にも体制を整える時間を与えると言うことだ。 渋る私をもう一度彼が呼ぶ。仕方なく、撤退した。 「あの女、誰ですか」 どこかいらだっているような彼があぁん?とどこぞのカルト集団信者みたいな声を上げた。 大袈裟な舌打ちをすると知らねぇ、なんて言う。 なにをそんな苛立っているのかと聞けばヒルコが虫ごときにやられたことに対してご立腹らしい。 「あの女は貴方のこと知ってるみたいでしたけど」 「俺は知らない。知らないったら知らないんだよ」 ふぅん、と声を上げる。 本当に?なんて言葉は飲み込んだがもやもやしていた。 「ヒルコを取りに行く。それから撤退する」 しばらく時間がたってから不意に彼がそういった。 そわそわと後ろを向くあたり本当に本当にヒルコが気になるらしい。 「…どうぞ。私はあの連中を追います。片してから戻ります」 再び彼ははぁあん?と声を上げる。 はぁあん、なんてことはないだろうに。 「勝手なこと言うな、馬鹿が」 「勝手なのはサソリさんでしょう」 「黙れ。言うこと聞いとけ」 「貴方の邪魔はしません」 勝手にしろ、との言葉を初めに彼から離れた。 相手方も私を探していたのだろう。 すぐに敵は見つかった。 女の凛とした声が響く。私の指示なしには動かないで。相手が強いのは理解してるでしょう、と。 私をきちんと評価しているのはいいが、それでもまだまだ甘い。 「私まで様子見してあげる義理はないのよ」 そう言って拳を握り締めた。 やっぱり、疲れた。 一人また一人と殺していくも人数の多さは変わらない。 そして女の能力だが、複数の種類の虫を操るようだ。 油断していたわけでもないが死体を蹴り飛ばし一息ついているとでかい虫に足を取られた。 太い縄のような体が私の足を締め付ける。 引きちぎれないこともないが、一息つきつつ女と向き直った。 「…赤砂のサソリを知ってるの?」 私の問いに彼女はお前には関係ない、とばっさりだった。 ため息をつくと違う方向から声があがる。殺してしまおう、と。 「今が好機です!殺してしまいましょう!貴女ならできるはずです!」 ははは、と笑い声をあげた。 サソリさんから笑うときは場の雰囲気を察してからにしろと再三言われていたが笑った。 「殺しにこいよ、口だけやろー」 目を見開く彼の頬が赤く染まるのを見た。 彼が私にむかってくるのをみて足に絡みついていた虫をぶちりと引きちぎった。 ―…どこをえぐってやろうか。 「だから」 私の構えた拳のことなんていざしらず。 私に向かってきた男は既に刃に貫かれていた。 「勝手なことをするなと言っただろう」 傀儡によって。 傀儡は死体を離すと主人のそばに戻っていく。 現れたサソリさんは私に説教こそするものの目的であったヒルコを携えてはいなかった。 「…ヒルコは?」 別に助けてもらわなくても、という思いが勝りお礼を告げずに問えば彼は舌打ちした。 それは私に向けられたものではなかったが。 どこまでも彼は私を、人を、気にしない奴だ。 「…虫が集ってた。あの女を殺してから取りに行く」 話題にあがった女はというと私達を一瞥すると目を細めた。 そして凛とした声で揃ったわね、と。大分気合いが入ってるらしかった。 「一瞬か」 すごいな、と彼の声が響く。 敵は一瞬で死んだ。 無数の死体の中で動くのは私と彼と、あの女だけだった。 彼は割と敵味方なく、惜しむこともなく、褒め言葉を口にする。それだけ余裕があるのかもしれない。 褒められた女は高らかな歪んだ笑い声を響かせている。 「すごいでしょう。私の部下は最初に頭に虫を寄生させるの。何かあったときすぐ殺せるように。そう、こんな風にね!」 興奮しているらしい女は足元の死体を蹴った。 頭から血を流している死体だ。血溜まりの中で動くのは、虫だろう。 「ねぇえ、サソリ、久しぶりね。私、ずっと、ずっと、ずぅっと、貴方を捜していたのよ」 女の興奮しているらしい熱っぽい声とは対照的にサソリさんの落ち着いた声が響く。 「…知らないな。誰だ?」 そんな彼の言葉を気にするそぶりもなく女はばっと腕を開いた。 大袈裟な動きだ。 「何も、心配いらないのよ。私と里に帰りましょ、大丈夫!私が貴方を守ってあげる!邪魔な人はみんな、殺してあげる!」 普段から。 普段から頭のおかしい連中を相手にしているという自覚はあったが本当に頭のおかしい人はこういう人のことだ、と実感した。 先程の落ち着いた様子は微塵も見えない。従順だった部下を全て殺してみせると死体を草のように踏みつける。 話が通じない。彼女の瞳はどこかずっとずっと遠くを見ている気がした。 「里に、帰ろう?守ってあげる…お世話だってするわ…一生、私と一緒にくらそう?」 熱に浮かされた声で言う女に、熱い愛の言葉を向けられてる当の本人はと言えばいつもと同じ表情だ。 そして短く断る、とだけ答えていた。人の話の七割八割しか聞いてないくせに答えるだけ答えるからたちが悪い。 だって、きっと彼は彼女が誰なのか、もう覚えてすらいないのに。 女は彼の断りの言葉だけはその耳に届いたのかくしゃりと顔を歪める。 邪魔な人がいるのね、とななめった解釈をすると彼女の瞳は私をみた。 私はいつの間にか邪魔者認定されてしまったらしい。 「可哀想に。大丈夫よ、私が貴方を助けるわ。その子が邪魔してるのね、殺してあげる」 どこにもつながってない言葉を連発する女に気持ち悪いなぁという感想を抱いているとぶちりと、いやな、おとが、 どぼどぼと血が溢れ出て蠢く無数の虫が見えた。 腹の皮膚を裂いて飛び出てくる虫達。 のどの奥にせり上がってくるものを吐き出せば血と昼に食べたものと虫が出てきた。 吐瀉物の中にもうねうねと動き回る虫がいた。 「すぐに楽になるわ。死んだ後はひとかけらも残らないよう食べ尽くしてあげる」 彼が私を呼ぶ声が聞こえた。 それから女が近付いてくるのも感じていた。 「痛みには」 吐き出しきった口内からは透明の唾液がぼたぼたと垂れた。 確かに食道のあたりが痛む気がしないでもない。 「鈍い質でしてね」 油断しきって近付いてきた女の胸を貫いた。彼女はサソリさんを見たままだった。 私のことを気にするそぶりを最期まで見せないで、サソリ、と彼の名前を呼んで死んだ。 可哀想な人だと思わないでもないが気分は、悪かった。 「ねぇ、本当に知らなかったの?」 気持ち悪い女だった。 そう言ってるだろ、との言葉。 「本当に?本当に本当に?」 最後の最期まで嫌な女だった。 しつこいぞ、との言葉。 「これ、のこと知らなかった?」 もうぐちゃぐちゃで原型を留めていない肉片をぶちりと引き裂きながら問いかける。 彼が知らない、と答えたのを最後に肉の塊から離れた。 「私、貴方より先に死なないわ」 「なんだ急に」 「貴方の死体をみるまで死なない」 「言ってろ」 後は集っていた虫の消えたヒルコをとりにいって帰った。 |