「この馬鹿が毒を食らった。見てやってくれ」
そう頼んでくる辺り、彼はこの男のことを気にかけているのだろうと思う。
死なない者同士通じ合うのかもしれないし、この男から放っておけない馬鹿ビームでも出ているのかもしれない。

「死にそう?」
「誰に口きいてんだてめぇ」
軽口を叩くくらいには元気らしい。

聞いたところ敵は最終的に仕留めはしたが、敵の攻撃で飛段が毒を食らったと。
不死身である彼は毒如きで死んだりはしないがそれでもしばらくは引きずると。
手っ取り早く助けてやるには患部を切除して毒に犯された部分を取り除くとかそんなんだろうか。
そんな器用な真似が暁の連中にできる気がしなければ私もできる気がしない。
だから、言外に元気になるまで世話を焼いてくれという意味が含まれていたのだろうと解釈する。

「…何か食べますか」
下手に薬や、栄養剤も避けた方がいいだろう。
まして解毒薬なんて。何の毒かもわからないのに。

私の問いに力なくふるふると首を横に振る彼は確かに弱っているらしい。
…仮に食べると言っても偏食の彼と私の料理の腕と冷蔵庫の中身を思えばウインナーを焼くくらいだが。

「死にそうになったら言ってください。傍にいるから」
とりあえずと預かった彼を抱き上げ寝台に寝転がせる。
布団を被せると彼がコート脱ぎたい脱がせろなんて言ってたのは無視する。
予想以上にぐったりとしていた彼はそれ以上何も言わず大人しく目を伏せた。

お水くらい、とコップに汲んだ水を傍に置いておきつつ暇つぶし用の本を開いた。
しばらく彼は眠っていたのか静かな時間が続く。

本も半ばまで読み終えたところで彼が声をあげた。
布団をどけるまではその無駄にたくましい腕がやったが起き上がる力はないようだった。
その赤い顔が何を望んでいるのかわからずもとりあえず水でも飲むかと問いかけた。
小さく頷いた彼を起き上がらせてコップを近付ける。
零しつつも多少は飲み込んだ事を確認してコップを下げた。
他に何か用があるかと聞けば首を横に振って再び寝ころんだ。

濡れたコートは脱がせた方がいい気もしたが面倒なので放っておいた。
拭くだけ拭いて再び布団を被せるとしばらくして寝息が聞こえてくる。
今のは何だったのかと思いつつも本を開いた。

次に目を覚ました彼は青白い顔をして寝台から顔を出すと床に嘔吐した。
薄い色の嘔吐物を見る限り、先程の水と胃液だろうと思われる。
しばらくは何も食べれないだろうなと考えながら汚れた口元を拭ってやる。
床を片付けなければと動く私を彼が呼んだ。

「トイレ」
言葉が足りないのは彼が馬鹿だからか、それとも具合のせいか。
ここで用を足すかと聞くとそれは嫌がられたので仕方なく彼を背負う。
目的地までたどり着くと中に入るのまではお互いに嫌だったので扉の前で待っていた。
物音がしなくなっても彼が出てくる気配はなかった。
中で死んでるのではと声をかけると細い声が返ってくる。
生きてはいるが、死にそうな声だった。

「すげぇ、気持ち悪い」
喋る余裕があるなら平気だろうと思いながら再び彼を背負って寝台に寝かせた。

「吐きそう」
「まだ吐くものあるんですか。元気ですね」
「腹減った」
「どうせ吐くから後で栄養剤でもね」
自分の腕で目を覆った彼が深い溜息をついた。

「すげぇ吐きそう」
「それ聞いた」
しばらくして再び彼は静かになった。
胸が上下しているのを確認して床を片付けた。
本を開いたのはその片付けが終わってからだ。

「レナ」
沈黙を破るのはいつも彼だ。
先程よりは少しはっきりと定まった視線が向けられる。
どうかしたのかと聞けば手を出された。
真意を汲みかねつつも手を伸ばすと掴まれる。

「気持ち悪い」
「吐くなら自分の手に吐いて」
「もう吐かねーよ」
私の手を握りしめたまま彼は目を伏せた。
これでは本が読めないのではないかとむっとする。

「貴方にも毒はきくのね」
むっとした感情とは別にそう言えば彼がああ、と声をあげた。

「そうだな。何でだろうな」
「自分のことなのにわからないの?」
「何で俺が死なないのかもわからねーよ」
「…把握しておいた方がいいんじゃないですか」
握りしめられた手は熱い。

「そうかもなぁ」
なんとなく声が寂しそうな気がした。
どうしてかなんてわからないけれど。

「昔さぁ、昔にもよぉ、同じようなことがあって」
辛かったなぁ、と彼らしくない言葉が聞こえた。
必要以上に踏み込む気はないが、彼は、彼にも、それなりの過去があるんだろう。
いや、どんな過去があろうと毒を食らっていい気分になる人なんていないだろう。

(あ)
嫌なことを、思い出してしまう前に。

「手を握っててあげるから眠りなさい」
「あ?一緒に寝ようって?」
「言ってない。さっさと黙って寝てください」
握りしめた手をそのままに眠る彼を見て本を読むことは諦めた。
読みかけの本を膝の上に置いていたがするすると落ちていた。
挟んでいたしおりを落として床に広がる本を視界にとらえていながらも私は眠った。

何か夢を見た気がするのだけど忘れた。
ただ目が覚めると彼はけろりとしていてもう少しぐったりしてくれてても良かったとは感じたが。