ソレーユの猫 | ナノ

女子と同じ班とか、ついてない。会う前の印象はそんなもん。

side.S



氷帝学園テニス部の合宿は男女合同だ。練習は別だが、食事の準備は一緒にする。効率化を考えてのことらしいが、面倒くさいというのが正直なところだ。女子はテニスコートを取り囲んで跡部へ黄色い歓声を送っている印象が強い。黄色い歓声は頭が痛くなるし練習の妨害にしかならないのに。最近は跡部だけじゃなくて忍足やジローにも対象が増えてきてうざいことこの上ない。さらにいうなら、男子テニス部と女子テニス部の関係はそこまで良好ではない。同じ競技をしている以上、成績は比べられるしお互いに意識もしている。ライバルや兄弟の関係に近いのかもしれない。仲が悪い訳ではないし同士という意識もあるけど、身近であるが故に負けたくないという想い。
思春期であることも合わさって当時一年生だった俺は、どう接すればいいのか全くわからなくて結局面倒くさいと敬遠してばかりだった。
食事の準備をする班はくじ引きだった。跡部のように男子しかいない班に当たることもあれば、忍足のように女子しかいない班に当たることもあった。俺はといえば、ジローと岳人。そして女子が一人。

「ひなた、同じ班とか超ラッキーだC!」
「そうだね、よろしくね慈郎くん。」
「あれ、ジローとひなたって知り合いだったのか?」
「うん、俺達超仲良しだもんねー。」
「ねー。岳人くんも今日はよろしくね。」

3人で和気藹々と話す中には入れずに、ぽかんと眺める。騒がれることが嫌いでない跡部とは違ってジローは騒がれることを疎ましく思っていると思っていたのに。意外にも仲のいい女子はいたらしい。
俺が間に入れていないことに気付いたのか女子が近付いてくる。

「始めまして、萩野ひなたです。今日はよろしくお願いしますね。」
「宍戸亮。こちらこそよろしく。」

互いに自己紹介すれば、自然と始まる作業。途中で友達であろう女子が萩野に絡んできたかと思うと岳人と言い争いをし出したりもしたが、萩野が慣れた様子でその場を収めていた。
“お母さん”というのが萩野のあだ名らしい。
確かに母と呼ばれるだけあって、どこか大人びた雰囲気を持っているような気はする。けれど、料理の腕が特に秀でている訳ではないし、味付けもお袋の味って感じでもない。俺からすれば少し大人びた同じ年の女子くらいのもんなんだが。




「肝試ししよー!」

大きな合宿場は、棟が違うだけで施設としては同じ場所だった。風呂上り、軽くランニングでもしてこようかと考えていると、萩野が絡まれているのが見えた。夕飯を作るときにわざわざ絡みに来ていた女子だった。
萩野が困ったように眉を下げているのが、気配だけでわかる。一歩も引かない友達に、結局折れたのは萩野。子供のようにはしゃぐ者とそれを苦笑交じりながらも見守るようにしている者。その対照的な二人が印象的だった。




昼間の暑さが完全には引いていなくとも涼しくなった中を走った。一定のリズムを保ち自分の息遣いを近くで感じる。虫の声が心地良く辺りを満たしている。街の中ではないから街灯の数は少ない。その分柔らかな月の光が夜道を照らす。月明かりというものが意外にも明るいということを改めて実感させられる。
こんな環境の良いところで合宿できるなんて、と氷帝学園の凄さを再確認させられた気がした。
ふと、道から外れたところから虫の声以外の声が聞こえてきた気がして走っていた足を緩める。歩くほどの速さになれば、座り込んでいる二人の姿を見つけるのに難はなかった。

「…どうかしましたか?」
「!」
「し、宍戸くん…!」

肩が跳ねるのが暗闇の中でも見て取れた。そして振り返ったのは少し前に見た顔二つ。
事情を聞けば、萩野が足を挫いたらしい。おまけに懐中電灯の電池まで切れて動けないらしい。事情を話す萩野のへらへらした様子に呆れてしまう。何をへらへらしているんだ。そう口を開こうとしたとき、萩野の手が友達の背中を撫でて続けていることに気付いた。俯き、目元が赤くなっている。
そうか、この散歩を言い出したのは友達で、誰よりも今の事態を後悔しているのはこの友達なのか。…だとすると、萩野がへらへらしているのは少しでも罪悪感を減らすため…?
だとしても、その表情には緊張感がなくて、そんなことを考えているようにはとても見えない。ため息を一つ吐くと、動けないという萩野に向って屈む。大丈夫だという萩野に「じゃあ、動けるのか?」と問えばようやく背へと乗ってきた。

「ごめんねごめんねお母さん…!」
「そんなに気にしないで?全然大丈夫だから。」
「でもでも、私が肝試ししたいなんて言い出さなかったらっ、」
「…んー、じゃあ、先に合宿場に帰っててくれる?それで手当ての準備をしておいて。先輩にも後輩にもバレないようにね。そしたらチャラにしましょう?」

いいアイディアだと言わんばかりの笑みを浮かべる萩野の顔を見て、その友達は涙ぐむも力強く頷き合宿場へと走っていった。その様子はまさしく親子のようだ。お母さんというあだ名は大人びた雰囲気だけではなく、こういうやり取りも関係しているのかもな。

「ごめんね、宍戸くん。迷惑かけて。重いでしょう?」
「気にすんな。困ったときはお互い様だろう。」
「ふふ、ありがとうー。…それにしても、重いは否定しないんだね…。」
「…………。」

同年代の人を背負っているのだから、重いということを否定できなかった。今思えば、女子相手なんだから軽いとか少しは気を遣えばよかったのにと思えるのだが、あの頃は今よりほんの少し、自分に素直だったのだ。
背中に背負った重みが微かに動く。笑ったのだと気配でわかった。控えめな笑い声が耳に届く。あぁ、女の子だなーとそんなことが不意に頭を過ぎる。ひどいなーという声は笑っているせいで全く責められている感覚はない。遠慮がちに両肩に置かれていた手がぽすんと首元を叩いた。叩かれた場所が場所なもんだから、肩叩きみたいだ。抗議は全く意味を為さなかった。



後から知ったのは、暗いのが得意ではないのに友達の我が儘に付き合って夜の散歩に行ったこと。懐中電灯の電池が切れたことで動揺してしまい怪我をしてしまったらしい。自分が苦手なことを素直に言って断ればよかったんじゃないかと言った俺に、萩野は笑って答えなかった。でも、そんな萩野に何となく“らしい”と思ってしまった。何も知らないと言っても過言ではない相手なのに、それがひどく自然に感じる。今だって、知らないことには変わりないけどそのときの直感に似た考えは変わらない。萩野らしいと思う。

――萩野が実は俺よりも一つ年上、ということを知ったときはあまりの驚きに暫し呆けてしまったが。


俺にとっての萩野は、周りより少し大人びた予測の付かない、先輩らしくない先輩。


111011


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -