ソレーユの猫 | ナノ

今更、当たり前過ぎることを再度突き付けられるのは結構厳しいものだ。自己嫌悪なのか純粋に異質であることへの悲しみなのか、演技して生きていかなければならないことへの疲れなのか…。気分はどんどん沈んでいく。
結人をあやしていた手も止まってしまっていた。結人の「ねーちゃ…?」の声にようやく顔を上げ、笑顔を向けたのだが結人は不機嫌そうに頬を膨らますだけだった。

「ん!」

だから、結人が私の陰口を叩いていた大人達を指差したときも何を言いたいのか汲み取ることができなかった。

「ねーちゃ、いじめるの、めっ!」

衝撃が走るとはこういうときに使うのだろうかと思った。
小さな手をいっぱいに広げてまるで私を守るように、親戚と私の間に入る結人は、どっからどう見ても私より弱い“守られるべき”存在だ。
ぽかんと呆気に取られる私を含めた周りの大人達など知らないかのように、結人は段々涙目になっていき、しまいには大声で泣き出してしまった。

「結人、大丈夫だから。姉さん虐められてないから」

慌ててあやかすも結人は一向に泣き止む気配がない。私は私で動揺しているせいか、何だか泣きたくなっていた。身体が幼くなると精神も幼くなるものだろうか。
…本当の理由は違うとわかっているけれど。

結人の泣き声が聞こえたのか、母とひかくんのお母さんとひかくんが戻ってきた。素早く結人を抱き上げる姿は流石母親というべきか。
「どうしたの?」と小さな身体を揺すりながら私へ小声で尋ねてくるが、私は何もいうことができない。無言で首を振ると、労うように頭を撫でられ私の役目は終わった。
不安そうに服の裾を引っ張るひかくんと一緒に邪魔にならないところへ移動しようかと思っていると、今度は父がドタバタと部屋に入ってきた。
「大丈夫か?」「多分疲れちゃったんだと思うんだけど…」夫婦の会話を部屋に居る人全員が聞き耳を立てていた。私への本音を漏らした親戚?は、気まずそうにしていた。
一人の大人が父へと近付き何かを耳打ちした。一瞬で変わった表情に、もっと早く部屋を出て行けばよかったと後悔した。

「娘を悪く言ったのは、何処のどいつだ!」
「父さん、」

“私、大丈夫だから”、そういう意味を込めて首を振る。親戚と揉め事を起こして今後の付き合いが悪くなるなんて迷惑、掛けれるはずがない。
私が我慢すればいいのだ。いや、あちらは正しいことを言っているのだから、私がそれを咎めることなんてできない。
けれど、結果的に、私の行動は父の怒りを煽ってしまっただけだった。

「こんなっ!…こんな可愛い娘のことを悪く言う奴の神経が信じられない…!娘は…っ、しっかりもので面倒見が良くて聞き分けが良くて、けれど少しだけ甘え下手な子なんだ。周りの人をよく見ていて、自分より周りを優先するような優しい子なんだ。……、…大人の言葉は貴女方が思うより子供には大きいものです。大人達の言葉が一生残る心の傷になることがあるということをしっかり理解していただきたい。私達の、誰よりも可愛い子供達のことを悪く言うような方々しか居ないのならば、私達は今後の付き合い方を考えさせていただくしかありません。失礼します」

一息に言うと、私と母、結人を連れて部屋を出て行ってしまった。
部屋を出る前に振り返って見ると、件の二人は真っ青になって俯いていた。

「父さん…、よかったの…?」

こちらを振り向くこともなくずんずんと歩き続ける父の背中へ声を掛けた。
今後の付き合い方を考えるなど言っていたが、私が原因で親戚との付き合いが希薄になってしまうのは、何とも気まずい。
足を止めて振り返った父は、意外なことに笑顔だった。

「ひなたは気にしなくていいよ。言ったであろう人達の予想はついてるんだ。うちの会社が成功した途端、金目当てに近付いてきたもんだから冷たくして相手にしていなかったんだが、その腹いせにひなたのことを悪く言ったんだろう。…ごめんね、情けない父親で。本来なら守らなければならないのに、逆に辛い想いをさせてしまったね」

頭に乗せられた手のひらから暖かな気持ちが伝わってくる。

「…父さんは、私が、気持ち悪くないの…?」
「気持ち悪い?何で?」

だって私は、他の子供みたいに無邪気にはなれない。可愛げもない。生意気で荒んでて、…心の底から貴女達のことを“父さん”“母さん”と呼んでいない。

「そんなこと思うはずないだろう。ひなたはひなただ。どんなことがあっても、ひなたは私達の大事な大事な娘だ」

もう我慢ができなかった。子供みたいに大きな声で泣き出した私を大きな身体が包み込む。


「ひなた、愛してるよ」


私は、ずっとずっと前から“孤独”なんかじゃなかったんだ。
“異質”なのには変わりないけど、異質だから誰にも受け入れてもらえないと決めつけて、与えられてきた愛情にも目を逸らし続けてた。
本当の私を見せたら、嫌われてしまうかもしれない。それは、異質だろうと異質でなかろうと変わらないことだ。異質であることを言い訳にして先に逃げたのは私だ。

お父さん、お母さん、ごめんなさい。貴女達ではない人達のことを、私はこれから親愛を込めて、父さん、母さんと呼ぶでしょう。二人への恩を、愛を忘れる訳ではないけれど、私にはもう一人の両親ができました。
私は、萩野 ひなたとして、これから生きていきます。

弟は、私とこの世界を、――私と両親と結びつけてくれた。


140423


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -