ソレーユの猫 | ナノ

私は、弟という存在を、否、自分の置かれた状況をどう受け止めればいいのか判断できずにいた。
自分が死んだと理解していても、全て覚えているのだ。“今”の家族を心の底から家族だと思うことはできなかった。だって、私のこの人格を形成したのは“昔”の家族であり友達であり恋人であり…、とにかく“前”の人生で関わった人々だ。

けれど、記憶があるとはいえ、今の私はたった三歳になったばかり。
両親とは思えぬけれど、この人達に捨てられたら私の“今”の人生が終わるということだけはわかっていた。

ならば、滑稽でもなんでもいいから、とにかく幼い自分を演じなければならない。
無邪気で無垢で、何も知らず周りからの加護を引き立てるような弱い存在を演じなくては。

幼稚園では、外では遊ばずに絵本とにらめっこの日々を過ごすようになった。
記憶が戻る前の友達がお外遊びへ誘ってくれるが、どうしても“本当の”子供と同じテンションではしゃぐことができない。リアクションを取ることができない。ボロを出すくらいならば、誰とも口を聞かず部屋の隅に居た方がいい。
ついこの間、弟が生まれたのだ。多少元気がなかったり性格が変わったとしても、「兄弟ができたばかりで精神的に不安定になっているのね」とでも、大人達は勝手に納得するだろう。
少なくとも、前世の記憶を全て思い出したから、よりはずっと信憑性がある。

大人は自分の都合のいいように考え、納得してくれるだろう。
それよりも、子供の方が厄介だ。
だって、子供は理屈で動いてくれないもの。
幾ら演技したって、私の根底は誤魔化せない。
きっと彼らは、察してしまう。


だから、

弟だって避けていたっていうのに



「ひなた、ちょっと結人見ててね」

返事を聞くよりも先に、重さが私を襲った。
三歳児には、赤ん坊一人を支える腕力はなく、私は突然任せられた柔らかくて重いものを落とさないように尻餅を付いた。
三歳児に首がすわったばかりの赤ん坊を預けるなんて、現母は何ていう神経をしているのだろうと思ったけど口には出さず。
何も知らずにすーすーと寝息を立てている赤ん坊の暢気さはきっと母譲りなのだろうなと内心ため息を吐いた。私の知っている知識では、赤ん坊というのは母親が抱っこをやめると泣いたりするのではなかったか。何故この子は全くもって起きる気配がないのだろう。

腕の中の存在は、柔らかくて小さいけれど、確かに生きていた。
昔の私だったら、“気持ち悪い”と言ったのだろうなと感慨に耽る。
こんなに小さな生き物が生きていることが不思議で、何だか“気持ち悪い”。
手も頭も体も小さくて、この生き物の息の根を止めることはとても容易なんだろう。
だってどこもかしこも柔らかい。
心許なくて、抱っこしていると妙に不安になる。

――もし、今、私の隣に彼が居てくれたら、

私は笑顔だったろうか。
彼に赤ん坊を抱かせて、私と同じように恐る恐る抱く彼を見て笑っただろうか。
いや、案外彼の方がしっかりと親らしく抱けたかもしれない。
彼の方が、私なんかよりずっとできた人だ。

私は、子供が欲しいと思ったことはなかった。
彼と付き合う前までは。

でも、彼に出会って、恋をして、愛しあって、彼の子供が欲しいと初めて思った。
彼に、“家族”をプレゼントしてあげたい、って――…


私は彼のおかげで、人らしい人になれた。
だからほら、今、私の胸の中にある感情は、“気持ち悪い”ではなくて、

“愛おしい”だ。


涙が赤ん坊に落ちてしまって、自分が泣いていることに気がついた。
慌てて涙を拭い、赤ん坊の頬を濡らしてしまった雫も拭こうとしたのだが、それよりも早く、赤ん坊の瞼が上がった。

「ごめんね、起こしちゃったね」

なるべく静かな声で話しかける。優しく聞こえていればいい、と願いながら。
三歳児の見よう見まねであやそうと赤ん坊の体を揺すってみたけれど、暢気な赤ん坊は泣く気配はなく、私の顔をまじまじと凝視するばかりだった。

「?どうかした?」

問い掛けた私の言葉を尻目に、赤ん坊は、私の頬へ手を伸ばしてきた。
ぺしぺしと、頬を叩くそれは、気のせいでなければ私がつい先ほどまで泣いていたのを知っているようだった。

「…なぐさめて、くれるの?」

ぺしぺし

弱い感触は肯定でも否定でもないけれど、落ち着いたと思った涙をもう一度呼び起こすのは容易だった。


140326
お母さん影からこっそり見守ってます。


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