ソレーユの猫 | ナノ

それからの私は“お母さんごっこ”に夢中になった。
私は弟も子供も居たことがなかったから、育児に関してはまさに子供と同じだった。演技ではなく、本当に困ったりテンパったり不安になったり喜んだり。精一杯、自分の思うように振る舞えるのは、とても私の心の負担を軽くした。
いつか母になってみたい、という願望を叶えつつ、周りの目を気にして神経質になる必要がない弟の世話は、私の中の最も大きな割合を占めるようになってきた。
そうしていると、不思議なことに幼稚園に居ても周りの子供達の言動が気になってついつい世話を焼いてやるようになった。
あまり大人ぶっていては周りの大人に勘付かれるかもしれないと思っていたし、何より幼い子供の相手をしているのは、精神年齢的に疲れるからずっと距離を置いていたのに、だ。
食べ物をこぼしながら食べていたり、転んで泣いていたり、おもちゃの奪い合いの末に泣き出したり、とにかくそういうことが、まだまだ小さくてしゃべることもできない弟と重なって放っておくことができなかった。

そして気がついたときには、周りの園児から「おねえちゃん」と呼ばれるようになっていた。少しくすぐったかったが、嫌ではなかった。

先生方も、不審に思うことはなく、むしろ好意的に見ているようだった。
「ご家庭でも、弟さんの面倒をよく見ているのではないですか?」「お姉ちゃんになってからひなたちゃん、すっかり“お姉さん”になって」と私の幼稚園での様子を報告するとき、よく言うようになった。
私の精神年齢が上がった原因が、周りから勝手にそう推理されるのはこちらとしても好都合なので否定はしない。

一ヶ月、二ヶ月、そして一年。あっという間に過ぎていった。
前世のことを意図的に思い出さないようにして、周りの子供達の面倒を見ている生活は、とても平和だった。
平和すぎて忘れていたのだ。自分が“異質”だということを。



「気持ち悪い子よね、」

誰かの囁き声が聞こえた。
不思議なものでネガティブな発言と言うのはよく通る。誰かと誰かの交わす囁き声は、きっと私の他にも聞こえているだろう。――でも誰もその声を糾弾しない。それが現実だった。

私はどんなに取り繕ったつもりでも、周りの大人達に気味が悪いと大なり小なり思われていたのだ。

お祖母様の三回忌だからと家族総出で出向いたものの、母さんはひかくんのお母さんとひかくんとどこかに行ってしまったし、父さんは親戚の挨拶周りであちこち行ったり来たり。
父も母も居ないとなれば、子供達への本音もさぞ言いやすかろう。
しかし、幼い子だから意味はわからないだろうとタカを括ったとしても、その相手は自らが“気持ち悪い子”と評価した子なのだから、多少なりとも警戒すればいいのに。
周りの大人が私を気遣わし気にちらちらと見ているのに気付きながら、内心で笑んだ。ここで泣きじゃくる方が、よっぽど可愛げもあったのだろうけど。

表情を全く変えずに、弟の面倒を見ている私に、言った当人達は聞こえていないか、聞こえていても意味がわかっていないと判断したのだろう、悪口と言う名の本音は続く。

「幼稚園も卒業していないのに、もう絵本が読めるんでしょう?親も幼稚園も教えていないのに」
「字の読み書きだけじゃなくて、時計の読み方も理解してるわよ…」
「脱いだ靴は必ず揃えるし、オモチャやお土産をあげても喜ぶどころか気を遣いだすじゃない?」
「可愛げがないとか通り越していっそ不気味よね…」

あぁ、そうか。普通の子供は、遠慮なんかしないのか。
今の両親は、そこそこいいお家育ちであることに加え、自ら立ち上げた事業が大成功した大金持。そんな両親のレベルに合わせて、プレゼントやお土産はもちろん高価なもの。前世の庶民感覚が残っている私としては、遠慮の一つや二つは当然してしまうのだが…、そうだよね、子供は遠慮なんかしないよね。物の価値だってわからないのが普通なんだもんね。今度から気を付けよう。
本に関しては…ね。もう自分が馬鹿すぎて頭痛くなるわ。もっと注意深く生きないと。

――私は“異質”なんだから。


140415
きり悪いですが長くなるので一旦切ります。


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