ソレーユの猫 | ナノ

これの続き
※合同合宿中設定
※若干の本編ネタバレ要素あり




ニコニコと笑う彼女。俺は教授に無理矢理頼まれたバイト先でとても素敵な出会いをした。
特別に可愛い訳でも美人な訳でもない。いや、よく見たら全体的に整っているかもしれないが、それは控えめで意識しなければ気付かないような自然さ。普段からニコニコと笑顔で穏やか、聞き上手でそれでいて自分を持っている彼女は、クラスにいる地味にモテる女子の典型のような子だった。
男の一歩後ろに寄り添いながらも、何かあったら力強く支え、背中を押してくれそうな彼女はまさに大和撫子で俺の理想だった。
惚れた。
簡単に言うと惚れた。
OBとして、後輩の役に立ってこいだなんて言われたときは面倒で仕方なかったが、正直今となってはラッキー以外の何物でもない。
食堂で明日の打ち合わせをしながらご飯を食べている俺は、彼女の笑顔に幸せをかみ締めていた。

「レイさーん!」

賑やかな食堂とは裏腹に、俺と彼女しか座らない静かな机に、賑やかな声が突然乱入してきた。
明るいオレンジがニコニコと目の前の彼女に向かって駆けてきていた。

「レイさんレイさん!昨日、電話掛けたんだけどもしかして寝てました?だとしたらごめんね!起こしたりしなかった?」
「千石くん…。それは大丈夫だけど…、」

ちらりと俺の方へ彼女が視線を向ける。俺と話していたときの突然の乱入だ。きっと俺に気を遣ってくれたのだろう。ぽかんとしたままの俺は、彼女の気遣いに応えるためと年上の余裕を見せるために笑顔を浮かべる。

「あ、ごめんなさい。もしかしてお取り込み中でした?」
「いや、雑談してただけだから大丈夫だよ」

今気付きましたとばかりに俺に謝罪を入れるイケメンには若干イラッとしたが、俺は年上。中学生にいちいち目くじら立てるのかっこ悪い。
俺の言葉を続き話していいよと解釈したのか、オレンジ頭はあろうことか彼女の隣の席に腰掛けると更に話し始める。

「夜に電話するのは迷惑かなって思って迷ったんだけど、レイさんの一日の最後に聴いた声が俺だったらいいなって思ったら我慢できなくなっちゃって。俺も、一日の最後にレイさんの声聴きたかったし」

……なんだこれは。もし、もし俺の感覚が間違っていないとしたらこれは…まさか…、
口説いている…!?
それも中学生とは思えない口説き文句で。ここは情熱の国かと錯覚するほどこっぱずかしいことを言っている。少なくとも俺はこんなこと言えない。彼女にだって言ったことない。こいつは本当に日本男児なのか、いやそれ以前に中学生なのか。
熱の篭った瞳で真っ直ぐと彼女を見つめながら口説き文句を口にするオレンジ頭を信じられない目で見てしまう。
「えっと…」と困ったように愛想笑いを浮かべている彼女に照れた様子が一切ないのが救いだった。いやでも、こんなイケメンに言い寄られて少しも赤面しないって実はすごいのこの子…?そんな疑問が頭を過ぎった瞬間、がたんと音がした。

「アンタさっきから何なん。ひなたのことレイさんレイさん呼んで、どこの女と勘違いしてんねん。ひなたは今、バイトの打ち合わせ中なんや。邪魔すんなや」
「悔しいけど、この坊やの言う通りだよ。ひなたさんに迷惑掛けるのはちょっと放っておけないな」

新たな乱入者は、いてかますぞと視線が言っている黒髪で耳にピアスをジャラジャラつけた美形だけどものすっごい怖いヤンキーと、同じく黒髪の女顔をした笑顔だけど威圧感が飛んでもない美人な男だった。更に恐ろしいことは美人の後ろには白い髪のイケメンとか赤い髪のイケメンとか黒い肌のイケメンとか様々なイケメンが居ることだ。何だあの団体。美人ほど威圧感は出ていないけど、明らかにオレンジ頭への敵意は感じられる。…いや、冷静に考えると何だか食堂全体からちくちくと敵意が感じられる。え、何々、何が起きてるの?

「あー、ごめんねひなたさん。“レイ”って名前、レイさんによくあってるからついそう呼びたくなっちゃって。勿論、ひなたって名前も可愛いひなたさんにぴったりだと思うんですけど」
「おいコラ、無視か」
「……何、財前くん。俺、今ひなたさんと話してるんだけど」
「だからそれが迷惑だって言ってるんじゃボケ。さっさと消えろ」

さっきから暗に“消えろ”と言っていたが、遂にヤンキーは直接消えろと言い出してしまった。「ひかくん、」と彼女がおろおろと嗜めるように呼び掛けるが、視線の鋭さは全く変わらない。

「…財前くんってさー、ひなたさんの何な訳?」

はぁーとため息混じりに言い出したオレンジ頭に俺は正直賞賛を送りたくなった。何故あんな視線を受けて喧嘩を売るようなことが言えるのだろう。すごい、マジすごい。
オレンジ頭の言葉にわかりやすいほどヤンキーは反応する。

「あ゛ぁ゛?」
「親戚、だったけ?親戚を大事に思う気持ちはわかるよ。素晴らしいと思う。けどさー、親戚だからって恋するチャンス奪ってもいい訳?」
「何言っとんねん。ひなたはお前のこと好きでもなければむしろ迷惑してるやろ。それにも気付けんとかお前頭おかしいんやないか」
「今はね。でもこの先もそうだとは言えないだろう?そもそもさ、ひなたさんは本当に迷惑だったら自分で言える人だと思わない?ひなたさんは大人だよ。財前くんに守ってもらうほど弱くない」
「っ、」
「…それこそ彼氏でもない限りさ、俺がひなたさんを口説くのを止める権利なんてないと思わない?ね、幸村くん」

ヤンキーをあっさりと言い負かしたオレンジ頭は、笑顔で美人にも釘を刺す。美人の威圧感が更に増えた気がしたけど、俺は見てない。見てないったら見てない。美人の笑顔が怖いとかトラウマになったら嫌だから俺は何も見ていないのです。
そんな二人とオレンジ頭の無言の攻防を破ったのは、まさかの彼女のため息だった。

「千石くん、二人に失礼なこと言うのは止めて」
「でも…」
「千石くん?」
「…はい」

凛とした彼女はまるで母親のようにオレンジ頭を嗜めると更には、二人への謝罪もあっという間に引き出した。ただでさえ混乱しているのにますます混乱させられるなんて思ってなかった。彼女一体ナニモノ?

「千石くん、貴方の気持ちは嬉しいわ」
「!本当ですか!?」
「でもね、正直、私は貴方が私に行為を寄せてくれている理由がわからないわ」
「……」
「一目惚れを否定する訳ではないけど、貴方は私に幻想を抱いているんじゃないかしら?本当の私を知ったとき、きっとこんな人だと思わなかったって思うんじゃないかしら?…私も人間だから、そう言われて全く傷つかない訳じゃない」
「……」
「だから、もう少し距離を取ったらどうかしら?少しづつ、友人として仲良くなっていくのでだって遅くはないと思うわ」
「……」

黙り込むオレンジ頭に、やっぱり彼女は母親のように優しく言い聞かせる。何て大人な対応だろうか、そう俺が思ったとき、オレンジ頭は勢いよく顔を上げた。

「誰かを好きになるのに、理由って必要?」
「…え?」

予想外の言葉だったのだろうか、彼女が言い淀むとオレンジ頭は畳み掛けるように言葉を続けた。

「確かに俺はひなたさんのことよく知らないと思う。けど、あの日ひなたさんのことを好きだって思った気持ちは本物だし、ひなたさんと話してる今、うるさいくらい騒ぐ心臓がひなたさんのこと大好きだって言ってるのも本物だ。俺は、ひなたさんの新たな一面を知る度に嬉しくなる。意外だって思うことだってあるけど、でもそんな意外な一面を知ってもっともっと好きになる。俺はどんなひなたさんだって好きで居続ける自信がある。ひなたさんがどんなに性格悪くても、好きだって思う。俺はひなたさんのことを知る度に、何回でも恋をすると思う」

どこか必死に言葉を紡ぐ様子は、縋るようでもあった。…もしかしたらオレンジ頭は気付いていたのかもしれない。さっきの彼女の言葉が優しいけれど、確かな拒絶の言葉であったことに。

「あの日、大人みたいな格好をして子供みたいに歩いていた貴方も、“レイ”って名乗って俺のことを適当にやり過ごそうとした貴方も、のらりくらりと自分のことを隠して晒そうとしない貴方も、全部全部好きだ。真っ直ぐテニスのサポートをしてくれてる貴方も、弟や大事な人達を愛おしんでる貴方も……、……だから俺の気持ちをいい加減なものだって片付けたりしないで…っ」

最初の勢いはどこへ行ったのか、やっと吐き出すように出された弱々しい言葉は、彼の気持ちを如実に語っていた。
訪れた沈黙はたった数秒のはずなのに、ひどく長く感じた。

「…バカな子ね…」

オレンジの髪を優しく撫でる彼女。彼女の手が触れた瞬間に弾かれるように顔を上げたオレンジ頭の顔には、ほんの少しだけ、怯えが浮かんでいた。自分の全てを曝け出し、拒絶されたら。そんなオレンジ頭を安心させるように笑みを浮かべる。

「本当にバカな子なんだから…」

彼女は笑顔のはずなのに、何故か泣き出しそうだった。
でも、それでも…

彼女は俺が知る中で一番きれいな笑顔を浮かべていた――…



彼女の笑顔に目が釘付けだった俺は知らない。
ヤンキーが彼女の笑顔を見て、酷く痛々しい表情をしていたことを。


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十万打お礼企画 青瀬様へ


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