ソレーユの猫 | ナノ

「あれ、ジャッカルは?」

更衣室へとやってきた丸井と仁王、そして柳生を見て幸村は首を傾げた。いつもという訳ではないが最近はジャッカルに絡んでばかりの丸井が一人で来たのだ。委員会という話は聞いていなかったがと思考を巡らす幸村に、丸井と仁王、柳生は互いに顔を見合わせると煮え切らない様子で返した。

「いや、それがよくわかんなくてよ…」
「わかんない?」
「私の傘を受け取った途端どこかに行ってしまって…」
「どこかって…どこに?」
「だからそれがわかんのじゃ。すごい勢いで走ってったから俺らも呆気に取られてしまってのぅ…」
「どこか、ねぇ…。この雨の中だっていうのに」

どこかに行った、それがどこかどうかは正直幸村にはそんなに興味がなかった。それよりも幸村にとっては部活が始まる時間なのに未だに姿を現していない、そのことの方が重要だった。遅れるという連絡だってきていない。それなのに遅刻するだなんて。ドクターストップのせいで自分のように部活がしたくてもできない訳でもないのに。幸村からすれば羨ましくて堪らない立場に居るというのに理由もなく遅刻しようだなんて、サボろうとしたらきっと幸村は許すことができないだろう。それは心を許し仲間とも言える近い存在だからこそ余計許せないこと。黙ってしまった幸村に、丸井、仁王、柳生の三人は背中に冷や汗が流れるのを感じた。この場に居ないジャッカルが部活が始まる前にちゃんと来ることを祈ることしかできない。

扉が開く音がしたとき、三人が捕らえた人物はまさに早く来ることを願っていた人物で、誰からともなくため息が漏れた。

「ジャッカル。遅かったじゃないか」
「…あのさ、…頼みがあるんだけど…」

柳生から傘を借りたはずのジャッカルの肩は何故だか濡れていた。いや、それよりも何故かジャッカルは上着を着ていなかった。

「頼み?何を…」

状況がわからぬテニス部更衣室には戸惑いが立ち込める。

「少し雨宿りさせたい人がいるんだ、」
「はぁ、雨宿りって…」
「桑原くん、大丈夫よ。校舎に戻ればジャージとかあるし…」
「そんなびちゃびちゃで校舎に入ったら迷惑でしょう。それ以前に風邪引いちゃいますよ」
「でも…、」

どうやらジャッカルの大きな背中の後ろに、その雨宿りさせたいという人物が居るらしい。こそこそと後ろに隠れるように立っているであろう人物と話すジャッカルの様子を、いつまでも見守ってあげるような気の長く穏やかな人物というのは、残念ながらこの場には多く居なかった。
痺れを切らしたように丸井が声を上げる。声は出さずとも、仁王が興味津々にジャッカルの後ろを伺っていたし、幸村もわざわざ雨宿りさせたいなどという人物が一体どんな人なのか定めるような瞳で事態を見つめていた。

「おい、ジャッカル、雨宿りさせたいヤツって誰だよ。誰にしたって挨拶するのが常識ってもんじゃねーのか?」
「あぁ、それもそうだな…。萩野のお姉さん、萩野先輩だ」
「…えぇと…、ご無沙汰してます?」

ジャッカルが体を横へずらしたことにより、皆の視線に晒されることになったひなたは、咄嗟に困ったような愛想笑いを浮かべ挨拶をしたのだが、予想外の人物が現れたことによる衝撃を受けている面々の耳には残念ながら届いていなかった。

「な、な、なんでひなたさんが…?」
「えと、それは…っ、へくしゅん!」

事情を説明しようとしたひなたを遮ったのはくしゃみだった。ずぶ濡れのまま、何だかんだとそのままでいるのだからくしゃみの一つをしたって不思議ではないのだが、このくしゃみに幸村は動揺した。

――え、何でひなたさんがここに居るんだ?いや、それよりもひなたさん、濡れてるじゃないか。このまま放っておいたら風邪引いちゃ…、そうだ、タオル…、

普段からは考えられないほど遅い思考をどうにか駆使して次の行動を決めるが、残念ながらその結論を出すには少し遅すぎたようだ。

「事情は中で聞くから。早く入れよ」
「ブンちゃんの言う通りじゃ。風邪引く気か?」

ブン太がひなたの肩に自身のジャージを、仁王がタオルをひなたの頭に掛けて更衣室の中へと導いていた。ひなたの姿を見たとき、幸村は動揺のあまり気が付いていなかったようだが仁王は濡れたひなたのためにタオルをロッカーへと取りに行っていたのだ。

「ありがとう二人共」

笑顔を二人へ向けているひなたを見て、幸村は情けなさから少しだけ泣きたくなった。

「ジャージ、汗臭くても我慢しろよぃ。暖取る分には問題ないだろう」
「臭くなんかないよ。丸井くんの匂いがする」

…カップルのような会話に、幸村は静かに止めを刺された。


130207


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -