ソレーユの猫 | ナノ

「そういえば、ばあちゃんのメアドゲットしたなり」

最近、いや正確にいえば萩野の姉に謝ったあの日を境に、レギュラー陣の中で“ばあちゃん”という言葉がよく聞かれるようになった。
それは、本当の祖母を指している訳ではない。ある人物のあだ名である。

「マジかよ。よく萩野が許したな」
「俺を誰じゃと思っとるんじゃ?詐欺師に不可能はないなり」

ドヤ顔で言い切った仁王に、ブン太は「ふーん」と適当に返しただけだった。
その会話を密かに聞いていた赤也は、着替えていた手を止め、二人の先輩の方を見た。

萩野の姉であり、最近よく聞くようになったばあちゃんというあだ名の持ち主。
萩野ひなたという人物のことを、何故先輩達がこうも話題に出すようになったのか赤也は理解できなかった。
テニスができそうには見えない。筋肉も一般の女子と同じくらいしかついていないように見えるし、容姿だって目を引くような優れた容姿という訳でもない。
興味を引くような面白い性格をしているか、と問われるとどうしてもそんな風には見えない。よくも悪くも一般的、平凡。弱そうで、普通にクラスにいる女子とどう違うのか、赤也にはわからない。

赤也は元来、単純で素直な性格をしていた。
だから暫く自分で考えはしたが、いつまでも出ない答えに早々に考えることを放棄した。

「あの、何で先輩方は…萩野先ぱ…萩野さ…、…あの人と仲いいんすか?」

高校生でひなたを先輩呼びしていいものなのか、それともさん付けで呼ぶべきなのか。迷った赤也は結局濁して言ったが、二人にはきちんと伝わったようだった。

「何でって…」
「誰かと仲良くなるのに理由なんているのかよぃ?」

顔を見合わせた後、きょとんとした顔で赤也へ視線を返す。
その発言がわからない訳ではない。その通りだと思うし普通はそうだろう。かく言う赤也だって、仲のいい女子はいる。先輩達にだって、仲のいい女子の一人や二人いたって不思議じゃない。
でも、それでも。多少、ファンだという女子に嫌な思いをしてきた赤也としては、何の理由もなしにすぐに女子と仲良くなるというのは疑問を感じてならない。
不満に思う気持ちが、表情にも出ていたようだった。赤也の顔を見た二人は苦笑いを浮かべた。

「ばあちゃんが、ファンに見えるのかよ?」
「…それは…、見えないっすけど」
「だろう?そもそもファンになりそうなヤツが幸村くんを前に最初に名字褒めたりするかよ」
「あぁ、あれは面白かったのう。幸村のあの驚いた顔ったら…」

クスクスと仁王が笑う声がロッカールームに響く。その言葉につられ、赤也もあのときの幸村の顔を思い出した。
名字を褒められると目を丸くして驚いた後、みるみる内に赤くなっていった幸村。
白い肌故に、頬に差した赤みは目立つのだが、すぐに顔を俯かせひなたの視線から赤くなった頬を隠していた。しかし、それはひなたの視線から逃れるということには有効だったが、他の人から見れば逆効果だった。俯いたことによって、赤くなった首が耳が見えていた。
結人が赤也の言葉に不機嫌全開で噛み付いたのも、幸村のその態度が気に入らなかったからであった。普段の結人なら、恐らく赤也の言葉だけならばそこまで不機嫌になることもなかったであろう。

「じゃあ…、丸井先輩は何がきっかけであの人と仲良くなったんですか?」
「俺か?俺は…、ばあちゃんのバイト先で仲良くなったんだよ」
「バイト先?」
「おう。萩野が部活終わりに迎えに行ってただろ?あそこだよ」
「……あのアイスクリーム屋?」

そうだというように風船ガムを膨らませるブン太。…確かにあそこなら丸井先輩が常連でもおかしくないよな…。ふむ、と赤也も何となく納得する。
ブン太のように明るく社交的ならば常連になってく内に交流が深まっても不思議ではない。
では、と赤也はブン太の隣にいる仁王へと視線を移す。

「んじゃあ、仁王先輩は何であの人に“友達になって欲しい”って言ったんすか?」
「そうじゃのぅー…。強いて言うなら…、…一目惚れ?」
「はぁ?」

思わず“何言ってんだこの人”という本心が駄々漏れの表情で聞き返してしまう赤也。仁王は笑顔で赤也の頬を引っ張った。

「イタイっす、イタイっす!ごめんなしゃい!」
「んで?実際のとこは何でだよぃ?」
「…なんじゃ、ブンちゃんも気になるんか?」
「それなりに?」

言葉ほど興味があるようには見えないブン太だったが、仁王はブン太に聞かれて考えるように黙ってしまった。

「……勘、かのー」

暫しの沈黙の後呟かれた言葉は、仁王にしてはどこか自信なさげに聞えた。自信なさげ…というよりは確信に欠けていることをいう感じ…と言えばいいのだろうか。赤也はいつもとは違う仁王の声音に内心で首を傾げた。

「勘っすか?」
「おん。…友達になったら飽きることなさそうじゃと思った。…多分だからじゃ」
「…多分、…ねー…」
「ブンちゃん、何か言いたいことでもあるんか?」
「別にぃー」

ちらりと仁王の表情を伺っていたブン太は、既に目線を戻していた。
仁王も、ブン太の含みのある返事に突っかかることなく着替えを再開する。
そんな二人の様子も、赤也にとってはどこか珍しい。

あの人のことになると、意外なことばかりだなー。
ふとそんなことを思う。
感情をあまり表に出さず取っ付き難い印象の強い萩野が、ひなたのことになると感情剥き出しで突っかかってきた。
いつもは誰かに何かを褒められても「ありがとうございます」と余裕の笑顔で返す幸村部長が、ひなたに褒められて顔を真っ赤にさせて照れた。
いつもどこからそんなに自信が沸いてくるのだと聞きたくなるほど、自信に満ち溢れたような声音で喋る仁王先輩が、ひなたと仲良くなりたいと言った真意をはっきりと明言できない。

…一番最後に関しては、仁王が赤也とブン太に対して演技をしているということも考えられるが、それでもひなたが絡んでくると予想外の反応ばかりが返ってくる。
そういえば、真田副部長も、あの人が来てから今まで以上に礼儀や規律に厳しくなったような気が――…?
それももしかして、あの人の影響だろうか?
あの人が、真田副部長の礼儀や規律を重んじるところを褒めたから…?

まさかな。
自分で考えたことであるが、即座に自分で否定する。
あの副部長に限って。
あはは、と笑いが出そうになったが、頭のどこかでその“もしかして”を否定し切れなくて実際には笑いなど全く出なかった。

もし、そうだとしたら、あの人ってどんだけすごい人なんだろう?
平凡、なんて、実はあの人には全く当てはまらない言葉なんじゃないだろうか。
仁王先輩が興味持ったのもわかるかもしれない。そんなにすごい人と友達になったら、飽きることは確かになさそうだ。

「まぁ、けどよー」

ブン太の声に赤也は顔を上げる。何を言うのだろうと疑問に思いながらブン太の顔を見る。

「結局のところ、誰だって一つくらい面白いところがあったりしてよ、突き詰めれば誰だって面白いんだよなー。平凡なんて、実は誰にも当てはまらなかったりするよな」

ニッと口の端を上げた笑顔で告げた言葉は、赤也の考えを見通しているようだった。

「…そんなもんっすかね」
「そんなもんだぜ」
「…じゃあ、俺も今度、“ばあちゃん”って呼んでみようかな…?」
「おう、そうしてやれぃ。きっと喜ぶぜ」

ニカリと笑ったブン太は、いつもジャッカルに食べ物を強請っているときと同一人物とは思えない大人びた雰囲気を持っていた。
“すごい人かもしれない”と無意識の内に線を引いて敬遠しようとしていた赤也に、ブン太はそんな線引きはいらないと笑って吹き飛ばした。普段どんなに子供のように見えても、やっぱりこの人は年上なのだ、赤也はぼんやりと思った。

「大体、ばあちゃんはただそこいらの女子より婆くさいだけのフツーの女子だしな」
「丸井、さっきの発言からすれば“フツー”っちゅう言葉も誰にも当てはまらんのじゃなか?」
「…ん?あー、そうかも…な?…まぁ、その辺はニュアンスだよぃ!」

若干不機嫌そうな仁王とぎゃんぎゃん騒いでいるブン太の声は、頭の中で次いつ会えるかもわからぬ人物のことをどうやって“ばあちゃん”と呼ぼうかと算段をつける赤也の耳には届いていなかった。


120305


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