ソレーユの猫 | ナノ

「え、萩野帰ったの?」

部活を終え、制服姿に着替えた赤也は一年生の言葉を聞いてぽかんとした。
一年生は二、三年生と違って部活が終わった後も片付けをしなくてはいけないのだ。普通に考えて、先にあがっているはずの自分が片付けを終えた一年生よりも遅いはずがない。

「そうなんですよー、萩野休みの日の部活以外はいっつも帰るの早くって。帰りにどっか寄ってこうぜって誘っても絶対断るんすよー」

部活の疲れからかのろのろと着替えていた一年生が、以前から不満に思っていたのだろう、「付き合い悪いっすよねー」と口を尖らせながら溢す。
ジャッカルとブン太から萩野を上手く連れ出すように言われていた赤也はどうしようかと内心焦りつつも、「そうか…」と上の空な同意をした。そんな赤也の態度に気付くこともなく、一年生の話はどんどんヒートアップしていく。

「ってか、アイツ、早く帰るのって年上の彼女迎えに行ってるからって知ってるか?」
「え、マジかよ!アイツ、もう彼女いるのかよ!?」
「クラスの女子が女の子と二人で歩いてるの見たんだってよ」
「うわー…マジかー。やっぱモテるヤツは違うなー…。あー、ずりぃー」

ぶーぶーとあちこちから声が上がる。嫌な感じは受けないところからいって、本気で嫌われていたり悪意を持たれている訳ではないようだ。中学生と言えば、こういう話が好きな年代である。純粋に好奇心や面白く思う心から言っているようだった。

「…え。ってか、アイツ彼女いるの?」

数秒遅れてようやく一年生の会話内容を認識することができた赤也。彼女?俺だっていないのに?…何て生意気な。先輩故の意地なのか理不尽なことを考える。

「そうなんすよー、しかも年上っすよ、年上」
「萩野ってばおっとなー!」

わーわーと騒ぐ様子は恋の話をする女子のノリに似ている。
そのノリに入っていくこともできない赤也は妙な対抗心と戦いながらもロッカールームを後にした。ジャッカルとブン太へ今自分が聞いた内容を伝えるためだ。

「へー、彼女ねー」

風船ガムを膨らませながら赤也の話を聞いていたブン太は、興味なさげに言った。ブン太は赤也のように大人気ない対抗心を持ったりはしなかったようだ。

「え、先輩、それだけっすか?もっとこう…、生意気だーとか言わないんですか?」
「興味ねー」

自分が思ったことをブン太も思わなかったことに赤也が驚いたように言うが、それに返したブン太の言葉はあまりにもそっけなかった。
大人の態度に見えるブン太の言動であるが、これはブン太とそんなに親しくない、ブン太にとってあまり興味のない人物が対象だからこその言動であることを知っているジャッカルは一人苦笑を溢した。自分に彼女がいる疑惑が立ったときのあのしつこさと言ったらなかった。小さな子供のように駄々を捏ねながらジャッカルに張り付いてきたのだ。
未だ不満気にブン太を見ている赤也の意識を逸らすようにジャッカルは本題に話を戻した。

「で?どうするんだよ。とりあえず萩野から話を聞くつもりだったんだろう?」
「あぁ。どうっすかなー。部活終わった後に直接聞くのが一番手っ取り早くていいかなーと思ったんだけどよぃ」

肝心の萩野は、部活が終わると一番に帰ってしまう。どんなに急いだとしても片付けがある分、赤也やブン太達が呼び止めるのに間に合わないということはないだろう。しかし、問題は萩野が部活が終わった後急いで帰る理由である。
もし、他の一年生の言うように誰かを迎えに行くために急いでいるのだとしたら、呼び止めることができたとしても話をすることを了承したりはしないだろう。
だからと言って、部活以外の時間…――教室に行って話を聞くということもできない。三人共、自分達が目立つことを知っていた。教室を訪ねた時点であれこれと噂が立つかもしれない。それがもし幸村や柳の耳に入ったら、こうして二人にバレる前に真田の失敗をフォローしようと画策していることが全て水の泡になってしまう。

「…とりあえず、萩野の後を付けてみません?」

そう提案した赤也に、ジャッカルとブン太が呆れた視線を送る。

「…お前、そんなに萩野の彼女が気になるのか?」
「だってしょうがないじゃないっすか!気になるんですもん!」

開き直った赤也は拳握りさらに力説を続ける。いいじゃないっすか、もし本当に彼女を迎えに行ってるんだとしたら、彼女が今の状況についてなんか知ってるかもしれないじゃないですか!しかも、上手くいけば、彼女から萩野に上手く言っておいてもらえるし!、と。
その開き直りっぷりにいっそ清々しさも感じてしまうがジャッカルは苦笑いしか返せなかった。

「…それいいかもな」

予想外のことを言ったのは、ブン太であった。ジャッカルから「はぁ!?」と驚きの声が上がるが、特に気にした様子もなく言葉を続けるブン太。

「確かに赤也の言うことも一理あるよな。彼女が事情知ってるかもしれないし、俺達が口を出すより彼女が上手く言ってくれた方が素直に言うこと聞くかもしんねーし」

ブン太から許可を得られたからか赤也は「ですよね、ですよね!」と勢いよく同意するが、「よっしゃ!」とガッツポーズをした時点で本音が漏れてしまっている。
ブン太の言うことがわからない訳ではないが、それは人としていいことなのだろうか…。ジャッカルの胸に一つの疑問が過ぎる。その疑問を口に出したとしても代案を提案できない時点で意味を持たないことをこれまでの経験で知っているジャッカルは、結局何も言うことができずにブン太の作戦に乗っかることになった。








そして、翌日。
作戦決行のためにいつもだらだらとしている着替えも素早く終え、レギュラー専用ロッカールームから平部員が使っているロッカールームの方へと移動するジャッカル、ブン太、赤也。
数十分程、ロッカールームの近くに隠れて様子を伺っていると、片付けを終えた一年生がロッカールームにやってきた。その先頭には、やはりというか萩野がいる。

「お、やっと片付け終わったのか。あー、待った待った」
「だよな。暇すぎてどうしようかと思ったぜ」
「いや、冷静に考えてみろよ。まだ部活終わってからそんなに経ってないぞ?俺達の頃は三十分くらいは掛かってたから…、…かなり早い方だろう」

そんな雑談をしながら暇を潰す。まだ全員がロッカールームに帰ってきてはおらず、だらだらと歩いている姿が見える。これはまだ萩野が出てくるのにも時間が掛かるだろう。そう思った瞬間だった。

「んじゃ、お先」
「おー、お疲れー」
「おっつー。また明日なー」

ロッカールームの扉が開き、制服姿の萩野が出てきた。ロッカールームに入って数分、あまりの速さに三人は目を疑った。
しかし、三人が驚いている間にも、萩野は小走りで校門へと向っている。三人も姿を見失わないようにと慌てて後を追った。

「ってか、着替えるの早すぎじゃないっすか?」
「おまけに部活終わりなのに小走りで帰るってどうよ?」
「…これはマジで誰かを迎えに行くのかもな」

小走りで帰る萩野を追う三人も、自然と小走りになる。部活終わりであるのにも関わらず走りながら話すことができるのは、日頃の練習の賜物なのか。
そのまま暫く行くと、立海大の最寄の駅まで着いていた。しかし萩野は駅には入らずに、真っ直ぐに狭い道へと入っていった。その道は、とある店の裏側へと続く道であり用のない人間は入っていかないような道である。
ブン太は萩野が迷いなく進んでいった道の傍らに立つ馴染みある店の存在に驚いたが、口には出さなかった。ブン太の驚きなど気付かない赤也とジャッカルは「あの店に用っすかね」だの「似合わないっすね」だのと電柱から顔を覗かせ、好き勝手なことを言っている。

「あ!来たんじゃないっすか!?」

赤也の潜めてはいても興奮を隠せぬ声に、ジャッカルとブン太も狭い道へ注意を向ける。
そこには赤也の言うように確かに二人の人物が並んで立っているようだった。

「うわ…、萩野ってマジで彼女居たのかよ…」

道から出てきたことにより、その姿がはっきりと見えるようになる。
立海大の高校の制服に身を包み、髪を整えるように指で梳いている女の子が萩野の隣で笑っている。

「…でも、意外とフツー…」

赤也の呟きの通り、三人から見たその女の子はとても平凡な顔立ちをしていた。不細工だと言うつもりはないが、萩野の隣に並ぶ女の子としては少し地味な気がした。よくも悪くも、普通の顔立ちなのだ。ただ、ふわふわと風に揺れるその髪のように柔らかな雰囲気を持つ子だった。
しかし、どんなに顔の偏差値が釣り合っていなくても、萩野は見たこともないような優しい瞳で少女のことを見つめていた。それは明らかに大事な人へ向けるものであり、萩野の彼女であることを疑う気も失せてしまうようなものだった。
二人が並んで駅の方へと歩いていくのを見送ったジャッカルと赤也は、ゆっくりと顔を見合わせあった。

「…彼女いるのを確認したのはいいっすけど、俺らその彼女さんとどうやって接触すればいいかってすっかり忘れてましたね」
「いきなり“萩野の彼女さんですか”って話し掛ける訳にもいかないしな…」

今更ながらに現実的なことを考え出す二人だったが、ジャッカルがブン太の様子がおかしいことに気付いた。今まで何だかんだと言って作戦を考えてきたブン太が作戦会議に参加しない。怪訝な顔でブン太に声を掛ける。

「ブン太?どうした?」
「…え。…あぁ、悪い」

二人がとっくに消えた方向を未だ見ていたブン太は、ジャッカルの呼びかけに我に返ったようだった。軽く首を振った後、二人の方を向く。
ブン太の瞳には、困ったような戸惑いの色が浮かんでいた。ジャッカルと赤也がブン太の様子に内心首を傾げたときだった。ブン太が口を開いた。


「…俺、何とかできるかも」


120222


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -