ソレーユの猫 | ナノ

「なーなー、何か真田の様子、変じゃね?」

テニス部の練習を終え、レギュラー専用のロッカールームで着替えをしていたブン太が、隣で着替えているジャッカルに声を潜めながら言った。
ジャッカルも、真田をちらりと見てからブン太の言葉に同意した。

「あぁ、部活中も変だったよな。上の空っていうか心ここに在らずって感じで…」
「おまけにため息ばっかりだったしよー。…何だ、恋でもしたか?」
「えー、副部チョーが恋?マジっすか、それ」

「くくっ、似合わねー」と笑いながら話に加わってきたのは、赤也だった。赤也の言葉にジャッカルは「お前な…」と真田のために赤也を諌めるが、ブン太は構った様子もない。それよりも自分の考えを纏めることに必死なようだ。

「でもよー、恋にしては周りの空気重いっつーか。…恋だったらもっとうきうきわくわくな雰囲気出ててもいいもんだと思わね?」
「あー…、そう言われればそうだな。あのため息はどっちかって言うと…、憂鬱って感じだな」
「そういえば、様子変だったって言えば萩野も、何か様子変だったんですよねー」

ワイシャツのボタンを留めながら赤也がさらりと言う。突然出た名前に、ブン太とジャッカルは誰だったろうかと記憶の中を探った。

「…あぁ、一年の萩野か。赤也が目を付けてる一年だろう?」
「あ、思い出した。この間赤也が試合してやったヤツか」
「そうそう、その萩野っす」

今年の立海大テニス部では、新一年生を相手にレギュラー陣が試合をしていた。レギュラー陣と言っても実際に試合をしたのは赤也のみである。
去年、赤也が道場破りの如くテニス部に喧嘩を売りに来たことがあった。当然赤也はボロボロに負けたのだがこの一件以来、生意気な一年生を黙らせるためにも、また一年生の実力を正確に把握するためにも幸村がレギュラー陣と一年生の試合を実行したのだ。それは今年も受け継がれている。
赤也も去年自分がされたように一年生をボロボロに負かした訳ではあるが、その中で何人か気に入った後輩もいるようだ。試合後、何かと構っているのをジャッカルもブン太も目撃していた。

「萩野って、すっげー生意気ですっげー負けず嫌いなんですけど、それを表には出すようなヤツじゃないんですよ」
「赤也とは大違いだな」
「あぁ、赤也とは大違いだな」
「うっさいっすよ!ってか、今そういうこと言ってんじゃなくて!」

テニス部にやってきて、礼儀も何もなく「あんたらぶっ潰す!」と宣言した過去を掘り変えされ赤也は若干慌てる。その様子にからかいたくなってしまうものの、このままでは話が進まないと二人は黙って赤也が続ける言葉を聞いた。

「普段は礼儀正しい萩野が、今日は真田副部長に対してチョー態度悪かったんですよ!真田副部長のこと睨んだりとかするし、返事もチョー適当だったし!」

「おかしいのは、それを副部長が怒ってなかったことです!」指を立て言い切った赤也に、ジャッカルとブン太は顔を見合わせる。
それはおかしい。礼儀作法、年功序列にうるさい真田が、もし後輩にそんな態度をされたとしたら鉄建制裁しているはずである。それを甘んじて受けた?…信じられない。

「…それってよー…、もしかして真田、萩野に負い目でもあんじゃねーの?」
「…それが今日、真田が様子おかしかった原因…とか?」

同時期に様子のおかしい二人。何か関係している可能性は高いが、あくまで推測の域を超えない。証拠は何もないのだ。
うーん、と三人が行き詰ったとき、ブン太の目に仁王の姿が入った。ネクタイをしているその後ろ姿に、大した期待はしていないが気分を変えるように絡む。

「…ブンちゃん、重いなり」
「なーなー、仁王は真田と萩野が様子おかしい理由知らねーの?」

背中に体重を乗せるように圧し掛かるブン太に、仁王は小さく呟いた。が、全く退く様子のないブン太に小さくため息を吐いてから、尋ねられたことに暫し考えるように沈黙する。

「あー、あれか。喧嘩したからのー、あの二人」
「だよな、やっぱ知らないよな…って、はぁ!?」

あまりにもさらりと言われたことにジャッカル、ブン太、赤也は数秒遅れて驚きがやってくる。一方の仁王はと言えば、耳元でブン太が叫んだために迷惑そうに耳を手で押さえていた。

「はぁ!?喧嘩って…、喧嘩ってあの喧嘩?真田が?一年生と?」
「正しくは喧嘩じゃないかもしれんの。まぁ、真田があの一年を怒らせたっちゅーんは間違いないぞ」
「うっそ、マジですか?…真田副部長も怖いもの知らず…」
「何じゃ、赤也。あの萩野ってそんな性質悪いヤツなんか?」

信じられないという気持ちが強いのだろう。三人の顔には困惑がありありと浮かんでいた。そんな中、小さく呟いた赤也の言葉に仁王が反応した。この場合、怖いもの知らずなのは先輩であり副部長としても威厳たっぷりである真田を敵にしている萩野なのではないか、と。
仁王の問いに、何も考えずに呟いていたのであろう赤也は視線を彷徨わせながら考える。

「いやー…、何ていうか、萩野ってちょっと幸村部長と同じ感じがするんですよね…。欲しいもの絶対手に入れそうっていうか、ねちっこそうっていうか…。…テニスなら別に平気っすけど、私生活では敵に回したくないタイプっす」
「ふーん」

何か考えるように視線を上に向けていた仁王だが、やがてニヤリと笑みを浮かべると赤也に言った。

「お前さんが、幸村をどう思ってるかようわかったわ」
「え!?いや、今のは幸村部チョーのことじゃなくて…」
「ほんなら、俺は先に失礼するなり。お疲れー」

言葉を遮りひらひらと手を振りながらロッカールームを後にした仁王に、赤也は涙目になった。幸村にチクられないといいな、そんな思いを込めてジャッカルは赤也の肩を叩いた。

「それよりよぉ、」

二人の様子にやはり構わないマイペースなブン太は、仁王を見送っていた手を下ろし二人に向き合った。

「部としてこのままはやばくね?一年生に舐められてる副部長とかよぃ」
「…確かに…」

珍しくまともな意見を言ったブン太に、ジャッカルは若干戸惑いつつも同意する。赤也も真剣に考えたのかうんうんと頷いた。

「真田のことだから謝るタイミングとか失ってるんだろうな…」
「素直になるの、苦手そうっすもんねー」
「…しょうがねー、」

ガムを膨らませていたブン太が、めんどくさそうな口調とは裏腹に笑みを浮かべた。

「俺達が何とかしてやるか」

そしてそれに赤也とジャッカルも続く。

「そうすっね!部長にバレる前に俺達で解決しましょう!」
「真田にはいつも世話になってるしな。たまには俺達が助けてやるか」




…彼らは知らない。
萩野が怒っている対象に、飄々と帰っていった仁王も入っていることを。


120220


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