ソレーユの猫 | ナノ

笑った顔に、自分の不甲斐無さを思い知らされた気がした。

side.Z


中学にも慣れ始め、夏の大会を目前に控えたある日。
ひなたのお母さんが事故で亡くなったと電話が入ったときは、ただただ信じられなかった。親戚で家族ぐるみでの付き合いがある俺達は、すぐさま東京へと向うことにした。
家を出る前に、俺は隠れてひなたに電話を掛けた。ひなたが心配だったから。

「ひか…く、ん」

電話越しに、震えるひなたの声は、今まで聞いたこともないほど弱々しかった。雷が怖いと部屋の隅で縮こまって震えていたときよりも、ずっとずっと儚く俺の胸の中に響いた。
少しでも早く――、移動の間中、俺が考えていたことはただそれだけだった。


「ひかくん…、おばさん、おじさん…。来て下さったんですね。」

けれど、俺達を迎えたひなたは、いつものように笑顔を浮かべた。
いつもと同じ笑顔…、そのはずなのに俺の目にはいつもと同じようには映らなかった。
目元が赤く腫れているせいで、痛々しいものにしか見えない。

胸が引き裂かれるように痛んだ。
俺の前なのに、何でそんな無理してまで笑うんだ。
何で俺にまで気を遣うんだ。
何で――…、俺に弱みを見せてくれないんだ…――。


いつだって、ひなたは俺の一歩前を歩いてた。辛いことや怖いことだってあるだろうに、何でもないことのように笑って俺には見せてくれなかった。
ひなたと一緒にいたときに、俺が一度だって悲しい思いも辛い思いもしたことがないのは、きっとそうやってひなたに守ってきてもらったからだろう。
ひなたにとっては当然のことなのかもしれない。
俺は二つも年下だし、ひなたの弟の結人とは一歳しか違わない。ひなたから見たら、俺も弟と同じようなものなんだろう。

けど、俺は違う。ひなたのことを姉みたいには思ってない。
ひなたに守って欲しいだなんて思ったこと、ない。

俺は、ひなたを守りたいんだ。
ひなたと対等でいたい。
ひなたの後ろを歩くんじゃなくて、隣を歩きたい。

――ひなたが好き、だから。


でも実際は、そんなの夢のまた夢だ。
ひなたの中での俺が、“守るべき存在”であるということもある。だけど、それ以上に…――

今このとき、俺はひなたになんて声を掛ければいいかわからなかった。

両親が健在の俺が、本当の意味でひなたの悲しみを理解できるはずがない。
どんな言葉を掛けても、ひなたを傷つけてしまう気がした。
一歩も動けなくなってしまう自分の幼稚さが情けなくて堪らなかったけど、それでも動くことができない。中学に入って少しでもひなたに追いついたんじゃないかと思っていた自分が恥ずかしい。
俺のこんな幼稚さを知っているから、ひなたは笑顔で俺を迎えたんだろうに。その証拠に、ひなたは何も言えずに俯いている俺を見て、困ったように、また笑った。

俺には、こんなにも壊れそうなひなたの肩を引き寄せて抱き締めることさえ、できなかった。

――…一番辛いときに、支えて欲しいときに、それから逃げてしまった俺に、ひなたを好きでいれる権利はあるのだろうか。



萩野ひなたは、俺にとって大切ないとこ。
でもそれ以上に、大好きで守りたい、たった一人の女の子。


111124
大切な人であればあるほど、声を掛けることが恐ろしくなると思います。
でも、何も伝えなかったことをいつか後悔する日が来るとしたら、どんなに拙い言葉でも、どんなにぎこちない触れ合いでも、伝える努力をするべきだと思う。


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