男主用短編 | ナノ

「鉢屋先輩、先輩は低学年の頃、お面で顔を隠していたというのは本当ですか?」

不破先輩が図書当番の日、鉢屋先輩が一人で居ることを僕は知っている。
竹谷先輩達に誘われれば共に時間を過ごすこともあるが、それ以外は、絶対に一人で中庭の隅に植えてある木の下に居るんだ。
絵でも描いていたのだろうか、下を見ていた鉢屋先輩が僕を見上げる。

「いきなりどうした」
「噂で聞いたのです。鉢屋先輩は、不破先輩の顔を借りる前は、自身の顔を持たぬ故お面で顔を隠していたと」
「…まるで三流小説に出てきそうな設定だな」
「では嘘なのですか」
「さあな」

謎のない男程つまらない者はないよ、そう言って鉢屋先輩は顔を伏せる。
葉の影が鉢屋先輩の上でゆらゆらと揺れる。それなのに、伏せた鉢屋先輩の睫毛の影が頬に掛かるのがわかる。
顔を見ずとも、見下ろした旋毛が口元に笑みを浮かべていることがわかるから憎らしい。

「…ならば、不破先輩と同じ城に就職したという話は」

ピクリと、筆を動かしていた手が止まって少しだけ気が晴れる。

「本当なのですか。…何故、」
「それがわからないお前ではないだろう?私の価値を最も引き出すことができるのは、雷蔵の隣だからだ」
「、」

うそつき

言葉は喉の奥につかえて――否、自分の意志で飲み込んだ。

うそつき
貴方の能力は、不破先輩の隣でなくても十分生かすことができるでしょう。
その汎用性と、需要の高さから、貴方の一族は一芸を伸ばすために他の能力を蔑ろにすることも仕方なしという判断をしたのだから。

“価値を最も引き出すことができる”?
うそつき


――あなたは ふわせんぱいのために いつか しぬ つもり なのでしょう?


「何て顔をしている」

溢れる感情を必死に閉じ込めようとしていたせいで、伸びてきた手に反応が遅れた。
鉢屋先輩のささくれだった指先が僕の頬を掠める。
体を引いた拍子に零れ落ちた涙に、押さえ込もうとしてたのは感情だけでなく涙もだったと気がついた。

「何を誤解しているか知らないが、私の恋人はお前だろう?」

ですが、貴方は、私のためには死んではくださいません。
一度零れた涙は、言葉を紡ぐ余裕も与えてくれない。けれど、嗚咽のお陰で話さなくていいことに、救われる。鉢屋先輩には、どんな言葉を使っても僕の幼さなど筒抜けになってしまう。どんなに書物を読み知識をつけても、決して埋めることができない四つの年の差を。幼さを。

あぁ、いけない。このように煩わせる存在にはなりたくないのに。
面倒なものが嫌いな貴方の隣に、一秒でも長く居るために、面倒な自分は殺していつでも聞き分けのいい僕で居たのに。

「面倒だな、お前は」

ため息交じりに聞こえてきた声に、息が止まる。涙を拭い続けた手を退けると、熱を持った眼を風が撫でていく。再び伸びてきた手を今度は拒むことなく受け入れる。というよりも、これ以上嫌われるのが怖くて、金縛りにあったように体が動かなかった。

「けれど、そんな面倒なところも含めて愛おしいと思ってしまうのだから、私も末期だな」

目元に触れた指先は、硬い感触と裏腹にとても優しくて、視界がまた滲む。


貴方は僕のためには死んでくれないでしょう。
でも、もし貴方の心臓に向かって矢が放たれたら。苦無が貴方を切り刻もうとしたら。
僕は迷わず貴方の盾となり死んでいくでしょう。

だって私は、貴方のために死んで逝きたい。

貴方が不破先輩を守ろうと庇う背中を庇って、笑って逝くのでしょう。


140228
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