男主用短編 | ナノ

「また来たのか」

うげっという三郎の嫌そうな声が図書室の外から聴こえてきた。三郎があんな態度をするのは何人かに限られている。誰だろうか、八左とか?でも八左の場合、何か用があるなら教室で言ったはずだよね?本を抱えながら考え出そうとしたとき、また声が聴こえてきた。

「あ、鉢屋くん。ちょっと本を借りに来たんだ」
「へぇ、六年生は実習だと聞いていたからてっきりまだ実習中だと思ったんだがな」
「……あぁ、実習、ね…」
「…、どうかしたのか?」
「実習中に失敗してしまって…。文次郎や仙蔵が手を貸してくれたから特に大きなことになったりはしなかったんだけど、どうして僕はこうもダメなんだろうね…この間の実習でだって………それに委員会でも…」

段々と小さくなっていく声は扉を一枚挟んでしまうと聴こえなくなってしまうが、何となく状況がわかってしまう。名前先輩がまたいつもの悪癖が出てしまったようだ。
――名字名前。
六年生である名前先輩は最上級生として相応しい実力を持つ大変優秀な忍たまだ。その実力は潮江文次郎を上回り、策略を巡らせれば立花仙蔵をも超える。七松小平太にも負けぬ足を持ち、中在家長次と同じように冷静に周りの状況を観察することもできる。忍びとしての実力だけでなく後輩の面倒見の良さは食満留三郎にも並び、更に薬草などの知識にも精通しており善法寺伊作にその知識を頼られることもある。…らしい。
そんなハイスペックらしい名前先輩には一つの大きな欠点というか悪癖がある。それが、超ネガティブ思考。その思考が原因で自分に自信を持つということができずどんどん弱気になっていく先輩は、たった一つのけれどどうしても無視できない悪癖のせいですごい実力の持ち主には見えない。だから後輩に舐められてしまうし、三郎だってその例に漏れない。いつの間にか敬語は外れため口になっていた。僕だってみんなと同じ。正直先輩が愚痴を零し始めればイライラするしちょっと黙れやって思う。かろうじて敬語で話してはいるけど、それと尊敬するかどうかは別である。先輩がすごいって話だって中在家先輩や他の先輩方が口を揃えて言わなければとても信じる気にもならなかった。
今も、扉を一枚挟んだ先で始まったであろう愚痴に、はぁと三郎が大きなため息を吐いて嫌だ面倒くさいという感情を隠しもせず、名前先輩の話を聞いているのだろうなというのが容易に想像できてしまう。

「図書室の前で雑談は止めてもらえます?」
「雷蔵」
「…あ、雷蔵くん。ごめんね…」

戸を開け笑顔で告げた僕に、名前先輩は顔を青くして僕に謝ってきた。そのおろおろとした態度にまた苛立ちが募る。あー、もう、何なんだろうこの人。本当にイライラする。原則として図書室での私語は厳禁だけど、廊下までは禁止されてない。だから僕のこの注意なんて気にしないでふてぶてしく開き直るとかでも何でもすればいいのに。そもそも後輩に言われたくらいで顔を青くさせるってどういう訳?それで忍びとして本当にやっていこうとでも思っているのだろうか。
笑顔を貼り付けてはいるものの僕の苛立ちがわかったのか、三郎はそそくさとその場を後にした。僕達の間に沈黙が下りる。

「名前先輩は図書室に何か用事ですか?」
「…うん。本を借りようと思って」
「そうですか。なら、さっさと入ればどうですか?」
「あ、うん。そうだね。ありがとう、雷蔵くん」

何も言わずにおろおろしている名前先輩に苛立ちは募るばかり。何なのこの人。何で何も動かないの?
僕の声にはっと気がついたように頷く名前先輩。…そこで笑顔を浮かべる意味がわからない。阿呆じゃないかとは思っていたけど、どうやら頭のネジが二三本緩んでいるみたいだ。

「今日はどんな本を探しにきたんですか?よかったらお手伝いしますよ」
「ありがとう。じゃあお言葉に甘えようかな。実は何か物語が読みたいと思ったのだけど、何かお勧めはあるかな?」

物語…。先輩の言葉に脳をフル回転させる。先輩が好きそうなのは感動系とか動物が出てくるようなものの気がする。だとしたら最近中在家先輩が仕入れてきて下さった犬と心を通わせる小説がいいかな。いやでも意外と恋愛小説とかが好きかもしれない。そうだとしたらこの間八左がボロ泣きしながら読んでいたのがあったな。…ちょっと待って、普通に小説として考えていたけど、絵本とかの方がいいのだろうか。文字数は少ないし、挿絵は可愛いし何となく雰囲気的にも絵本の方が先輩には合っているような気がする。だからと言って先輩に絵本を勧めるっていうのもすごく失礼な気がする。
うーんと悩みだす僕は、時間も忘れて思考の渦にはまってしまう。

「あ!ごめんなさい、僕ったらつい…」

どれくらい考えていたかわからない。けど多分短くはないはずだ。慌てて顔を上げて先輩へと謝る。
嫌な顔をされていたらどうしようという僕の不安とは裏腹に、目に入ってきたのは柔らかな微笑みを浮かべた先輩。

「いや、大丈夫だよ。…雷蔵くんが僕のために悩んでくれてるなんて、幸せな時間だなーって思ってたから」
「っ!バ、バカじゃないですか…!」
「え?そうかなー…?あはは…」

真っ直ぐな言葉に勢いよく下を向く。どうしよう、今の僕の顔、絶対赤いよ。ぼっという音が耳元から聴こえてくるようだった。火がついたように、なんて表現を体現したであろう僕の様子が、どうか先輩には伝わっていませんように。顔の熱を冷まそうと奮闘しながら可愛くない言葉とは裏腹に、僕は必死に祈った。


だってあんな“愛おしい”とばかりの瞳でずっと見られていたなんて考えるだけで堪らなくなる。


120712
主人公のネガティブさが全然出せなかった…orz
ネガティブで弱気でこんな感じの夢主なのに実は攻めだったりするといいとおm(ry


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