女主用短編 | ナノ

「勘ちゃん、これから町に行くけど、迷子になっちゃダメだよ?」
「はーい!」

元気良く返事をした勘右衛門に、名前は微笑みを浮かべた。
辺り一面がオレンジ色に染まり、冷たい風が吹いていた日、名前と勘右衛門は出会った。
しかし、出会ったと言ってもそれは名前の一方的なもので、勘右衛門は覚えていないだろう。
名前の質素な家の玄関先。そこに赤ん坊と言ってもいいだろう、幼い勘右衛門がいた。その赤ん坊が持っていた物は、“勘右衛門”と刺繍の入ったその身を包む布だけ。
戦で家族を失い、一人になった名前がその子を育てようと思うのに、何の抵抗もなかった。子育ての経験などない上に、弟もいなかった名前が赤ん坊の面倒を見るなど、知らないことばかり、わからないことばかりの連続だったが、それでも勘右衛門が笑顔を浮かべる度に幸せな気持ちになった。
一人ではない。例え夜泣きで夜中に起こされたとしても、一人孤独に震えながら夜が明けるのを待ち続けるよりもずっといい。
小さな手を握りながら、あの日助けてもらったのは自分なのではないかと、名前は思った。

「名前?」

町に入り、見るもの全てに興味を示す勘右衛門の質問に丁寧に答えていた名前は、自分の名前を呼ばれ振り返った。
そこには、一人の青年がいた。思わず首を傾げた名前に、青年はムッとしたように名乗った。

「誠治だよ。」

そこでようやく「あぁ!」とその青年の正体がわかる。その青年――誠治は町に住む名前の幼馴染みだった。
もともと山奥で野菜を作って暮らしていた名前達家族は、町へ行く頻度が高いとは言えなかった。家族を失い、勘右衛門を育て始めてから始めて町に降りてきた名前は、何年か振りの町なのだ。成長する前の姿しか覚えていない名前にとっては、幼馴染みとは言え、成長期を終え一人前になった男性はもう見知らぬ人も同然…なのだが。誠治はそうは思っていないようだ。

「はっ、相変わらず抜けてるな。ボケっとした顔は相変わらずだしよ。」
「えぇーっと…、ごめん?」

流れでなんとなく謝ってしまった名前を見上げた勘右衛門は、握っていた手をぎゅっと握った。
過ごしたのは数ヶ月ではあるが、大好きな名前をバカにされたのだ。自分がバカにされたように感じてムッとするのも、小さな子供からすれば普通のことだろう。
その僅かな変化にも名前は気付き、「ん?なぁに?」とすぐに勘右衛門へと向き合った。
そこで始めて勘右衛門の存在に気が付いた誠治と、勘右衛門の視線が交わる。

「何だよ、このガキは。」
「ガキじゃないわ。勘右衛門って言うのよ。」
「…お前の子供か。」
「違うわよ。でも、大事な家族よ。」

そう言って、勘右衛門に柔らかい笑みを向ける名前。
その笑みに、勘右衛門は微笑みを返し、誠治は眉を顰めた。

「家族ぅ?何だそれ。お前今自分がいくつかわかってるのか?」
「………、」
「もう、家庭を持ってても変じゃない歳なんだぞ?そんな変なガキなんかいたら、結婚なんて無理だぞ。」
「っ、勘右衛門のこと、変なガキだなんて、二度と言わないで…!」
「あ、おいっ!俺はお前のこと心配して…!」

名前は、勘右衛門の手を引くと後ろで呼び止めようと声をあげている誠治の存在を無視して歩き出した。誠治は誠治なりに家族を失い、一人になった名前のことを心配し言ったのだが、今の名前にとっては勘右衛門のことを言われることが一番許せないことだった。名前は誠治の優しい心を、誠治は名前の大切なものを互いに理解していなかった。

結局一言も二人の会話に口を出さず、黙っていた勘右衛門は、引かれる腕に必死について行った。

「名前、」
「…あ、ごめんね、勘ちゃん。」
「ねーねー、名前はけっこん、できないの?」
「え?あぁー…、どうかしら…。」
「名前はけっこん、したいの?」

きっと意味も正しくはわかっていないだろう。舌っ足らずで紡ぐ、勘右衛門の真っ直ぐな瞳に、名前は思わず笑ってしまった。

「そうねー…、どっちかって言ったらしたいかな。でも、勘右衛門が大きくなるまでは結婚する気はないから、おばあさんの私でもいいって言ってくれる人がいたら結婚しようかな?」

そう言って頭を撫でる名前の手のぬくもりに勘右衛門は気持ち良さそうに目を細めた。

「じゃあ、ぼくが大きくなったら、名前をお嫁さんにしてあげる。ぼくとけっこんしよう、名前。」

思わぬ言葉に目を丸くした名前はすぐに、嬉しそうに顔を綻ばせ、

「ありがとう、勘右衛門。」

そう言って、二人の間では普通になっている額へのキスを、ありったけの愛情を込めて勘右衛門へ送った。


まるでおままごとのような誓いの約束は、夕空へと溶けていった。






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