「モテますねー、手嶋さん」
きゃーと黄色い声をあげながらパタパタと廊下を駆けて行く足音を聞きながら言うと、目の前の男は苦笑いを浮かべた。
「今年はインハイで二連覇取れるかどうかの注目受けがちだし、ミーハーな感じのだよ」
別に俺がモテてる訳じゃない。
パチン、パチン、パチン
ホチキスの音が重なる。
この男は、自分を知らないんだろうかね。それとも、あえて気付かない振りをしてるのか。
二連覇云々のミーハー感覚だけで、一週間に三人から告白とかされるかよ。
「さよざんすか」
モテる男は言うことが違うねー。
その言葉を押し留め、何とか一言にしたのに、無駄に切れる頭は隠された言葉も見つけ出す。
「…しょうがないだろう。今はそういうの、考えらんない」
二連覇を本気で狙う部活を束ねる部長で。
下級生は自分より実力のある曲者ばかりで。
考えることもやらなくちゃいけないことも、目の前を覆い隠してしまうほどあるのに、時間は限られている。
その限られている時間を、自転車以外に向けることはできない。
うん、よく知ってるよ。わかってる。
だって、それは私も同じだから。
三年間、バレーで頂点へ行くために努力し続けた。
バレーと、バレーと、バレー。そこに最低限の勉学の時間を費やせば後は、衣食住の時間しか残らない。
馬鹿だよね。
それで食って行こうって訳でも、プロ目指してる訳でも、何でもないのにね。
でも、私の生活の中心は全てバレー。
バレーしながらだって、恋はできるだろう。
部内には彼氏が居た子も居る子も居る。
自転車部だって、恋くらいできると思う。
でも、私はそれができないだけ。
バレー以外のことでコンディションが左右されたり、頭がいっぱいになったり、そういうのがどうしても嫌なだけ。
きっと多分、手嶋もそうなんだろう。
「煩わしいもんね」
手元のプリントが無感情に音を立てる。
気が付けば追ってしまう目線も、何となく耳に入ってしまう情報も、全部全部、煩わしいもんね。
パチン、パチン、…
ホチキスの音が止まった。
顔を上げると、手嶋がきょとんとしていた。
「煩わしいって言うより…、大事にできないからだよ」
パチン、パチン、パチン
ホチキスの音が、少し照れ臭そうな手嶋の声を隠す。
「今はどうしても、自転車が一番だから。電話もメールもできないし、帰りだって一緒には帰れない」
「寂しい想いも、不安な想いもさせることになるかもしれない。けど、それを払拭してやる時間だってとってあげられないし」
わかった気で居た私は、実は全然わかってなかった。
同じ考えだろうと思っていた手嶋は、実は私なんかより全然大人だった。
「…アッソ」
素っ気ない言葉で、せめてこの子供みたいな見栄に気付かないでと祈る。
「名字もそうじゃないの?」
真っ直ぐに向けられる視線が目に染みる。
「そうかもね。…今はバレー一筋だから」
「だよな。俺達は引退してからだな」
引退したら、受験があるよ。
まだまだ、恋に溺れることなんかできないんだよ。
だから――
痛 む な 心 臓 。
140616
“俺達は引退してからだな”ってどっちの意味?