女主用短編 | ナノ

「こちら勘、三郎様子はどう?」
『こちら三郎。無事潜入完了。全て予定通りに進んでる』

雑音雑じりの電子音が友人の声を届ける。それを確認して勘右衛門は頷き兵助へと合図を送る。

「ハチ、聞こえるか?」
『おー、兵助。聞こえるぜ』
「そっちの方は?」
『今、雷蔵と目的地へ向かい中。到着時間は予定時間より30秒早くなりそうだ』
「了解」

全ては五人が立てている計画通りに進んでいた。今のところ予想外のハプニングは一つも起きていない。しかし今回の最大の山場はまだ来ていないことは、五人共、よくわかっていた。今回のジュエリーは今までと違い“人”なのだ。抵抗されることも予想外の行動をされることも想定しておかなければならない。

「勘ちゃん、」
「豆乳茶ならそこの棚の三番目」
「ありがとう」

ちゅーと紙パックの豆乳製品を飲みながら、兵助は作戦が開始される時間を待った。




『今から2分14秒後に、屋敷の全照明が落とされるから。復旧までに想定される時間は1分53秒。自家発電に切り替わるからあんまり時間はない。それまでにジュエリーの場所まで行けるのが理想』
『場所は打ち合わせでも言ったけど、三箇所の中からちゃんと絞り込めてない。大丈夫か三郎?』
「誰に聞いてる」

通信機越しでは、表情は伝わらないことを理解しつつも、三郎の顔は笑みを象る。

「余裕だ」

ふっと通信機越しに勘右衛門の苦笑が伝わってきた。

『そう言うと思った。頼んだよ、天才潜入師・鉢屋三郎』

ぷつり、通信が切られる。照明が落とされるまで残り1分45秒。停電の間に、八左ヱ門と雷蔵が、防犯設備の一部を物理的に破壊し、退路を確保する。兵助と勘右衛門はその物理的に破壊された防犯設備が、さも正常に動作しているように工作。
八左ヱ門と雷蔵は、もしものときのサポート役も兼ねていたが、三郎から言わせれば今回の任務では必要にはならなそうだった。
潜入してすぐに検討がついた。勘右衛門があげた軟禁場所の候補。その中に、神経質なほど使用人に近づけさせない場所があった。何もない、ガラクタしかないという割に、屋敷主から信頼の厚い使用人はよくその場所を訪れ、おまけに警備がやけに厳しい。朝昼晩のタイミングで必ず食事を運んでいるとくれば、もう完璧にビンゴとしかいいようがなかった。
さりげなく言われていた仕事から離れれば、停電まで残り30秒。今居る地点からならば、猛ダッシュして1分。警備を潜り抜けることを考慮しても、多く見積もって1分30秒。
楽勝だ。

視界がブラックアウトする。
屋敷中から混乱の声が聞こえてくるが、構わず走り出す。相手にもならない警備を倒し、忍び込んだ一つの部屋。

大きな窓――しかし鉄格子付き――の窓をバッグに、少女は立っていた。

「こんばんは、お嬢さん」
「…こんばんは」

満月に照らされた少女は、予想に反し一切の動揺を表に出さなかった。暗く感情の浮かばぬ瞳で部屋に侵入してきた三郎を見つめ返した。

「貴方を攫いに来ました。…大人しく私と一緒に来てくださいますか?」

答えは聞いていなかった。もし抵抗するようなら気絶でも何でもさせ、連れて行くつもりだった。ただ、担いで行くよりは、自ら歩いてくれた方が、少しだけ三郎が楽を出来るだけ。

「貴方、あのボンボンのお知り合い?」

そんな三郎にとって、少女の返しは予想外以外の何物でもなかった。耳を疑い、すぐに答えを返せなかった三郎に構わず少女はくすりと笑みを浮かべた。

「まさか本当に来てくれるなんて。…ボンボンって予想よりずっと甘ちゃんなのね」

ゆっくりと差し出される手。不健康なほど細く白い腕は、現実感が伴わなかった。


「どうしたの?攫ってくださるんでしょう?…早く私をここから連れ出して?」


――歌うように紡がれた言葉は、背筋がぞくりとするほど、美しかった。



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